170 / 202

第178話 15-4

タイガはカツラの後に続き家の中に入る。 入ってすぐ正面に長く続く廊下。手前側は日差しが入り明るいが奥はよく見えない。数歩歩くと両側に部屋があった。左手にはダイニング、右手にはリビング。 ほのかな木の匂い。よく見ると家具は全て天然木のようだ。リビングの大きな出窓から暖かい木漏れ日が入り、部屋を黄色に染めていた。 さっきまでそこには人がいたのか、ダイニングテーブルの上にはコーヒーが入ったマグカップがある。 「あれぇ?どこ行ったんだ?またアトリエだな」 「アトリエ」という言葉にタイガが不思議に思っているとカツラが振り向いた。 「タイガ、奥の裏庭のほうにじいさん専用のアトリエがあるんだ。行ってみるか」 カツラは行儀良く佇むタイガに優しく微笑みながら提案した。 ダイニングとリビングを過ぎると左手には二階に続く階段、そのむこうに一部屋、右手にはバスルームと洗面所がある。廊下を突き当たり、右手にまがると短い通路があり奥まった場所にドアがあった。まるで隠し部屋のようだ。 「ここがアトリエだ」 ドアノブに手をかけながらカツラが言った。 コン、コン。 もう片方の手でドアにノックする。カツラは相手の返事を待たずにドアを開けた。 「もう家に着くって連絡したじゃないか」 「そうだったか?」 低いがハリのある声。声の主は奥にいるのか、タイガからはまだその姿は見えない。しかしこれがカツラの祖父の声なのだとわかった。 「だだいま、ソロ」 カツラが部屋の中に入っていく。タイガも恐る恐る後に続く。カツラと祖父の二人は抱き合い再会を噛み締めあっていた。 カツラの肩越しに見えたカツラの祖父はなかなかのいい男だ。若いころはさぞ女性にもてただろう。顔には深いしわが刻まれているが、それがより一層彼の魅力を増しているようにさえ感じた。よく見ると彼の顔立ちはどことなくカツラに似ている。髪は白髪が混じったブラウンで瞳はダークブランだ。背丈はカツラより低いが、長身のほうだろう。 タイガの視線を感じたのか、カツラの祖父がタイガに視線を向けた。 「は、はじめましてっ。タイガです」 「んん?」 カツラの祖父はカツラとの抱擁を解き、タイガをマジマジと見つめた。 「ソロ、俺のパートナーのタイガだ。タイガ、じいさんのソロ」 「どうもっ、あの」 タイガは結婚前に相手を妊娠をさせ急遽婚姻することになった男の気持ちになっていた。挨拶をする前にカツラと夫婦になってしまったのだ。実際にカツラの親族を前にするとやはり気持ちはおののいていた。 「ほう...」 腕を組み、タイガの姿を改めて観察するように眺める祖父にタイガはガチゴチになっていた。 「ほらタイガっ、お前ガチガチじゃないか」 カツラがそう言ってタイガの背中をぽんと叩いた。 「えっ、あ、いやっ...」 タイガはカツラの顔を見た。とても美しい伴侶。愛おしくてたまらない。彼の全てを愛している。この先もカツラと二人でずっと生きていく。タイガは姿勢を正しカツラの祖父に向き直った。 「あの...おじい様に事後報告になってしまいましてすみません。カツラと婚姻を結ばせていただきましたタイガといいます。俺は一生カツラを...」 「かたぐるしいのはいい」 カツラの祖父は手を振りながらタイガの言葉を遮った。 「えっ?」 言われたタイガはどうしたらいいのかわからずキョトンとしていた。 「まぁ、続きは酒を飲みながらでも聞かせてくれ。俺のこともソロでいい。カツラもずっとそう呼んでいるし」 そう言いながらソロはアトリエを一人先にあとにした。 タイガが呆然とソロの後ろ姿を見ていると、カツラが背後から手を繋いできた。 「カツラ」 タイガがカツラに顔を向ける。 「タイガ、さっきなんて言おうとしたんだ?」 カツラは甘えた声で聞き、タイガの肩に顔を寄せてきた。 「え...」 優しく揺らめく翠の瞳に見つめられ、タイガはすべてカツラに飲み込まれてしまいそうな感覚に陥った。 「今夜、聞かせて。ベッドで」 カツラがタイガの耳元でささやくように言った。そして手を離しソロのあとに続く。 アトリエに一人残されたタイガはまた起き上がった分身が静まるまでしばらくその場を動けなかった。

ともだちにシェアしよう!