176 / 202

第184話 15-10

ソロが自宅に戻ると自分の手がけたローストチキンの他にも食欲をそそる良い香りがした。ダイニングを見ると、カツラとタイガが楽しそうに世間話をしながら食事の用意をしている。とても仲睦まじい二人。ソロは彼らの邪魔をしてしまうような気分になった。そうはいってもここは自分の家なのだ。気を取り直して声をかける。 「これはすごいな。カツラが作ったのか?」 「あ、おかえり」 ソロの言葉にカツラが振り返り声をかけた。 「おかえりなさい」 タイガもカツラと同じように声をかけた。 「うん、悪かったな。途中で放り出して」 「後はオーブンから出すだけだったから。なにか急用?」 「それがな」 ソロの態度は至って普通だ。カツラとソロは自然に会話をしている。ということは声は聞かれていないとそっと安堵する。タイガは昼間の情事がソロにバレているのではと気が気でなかったが、どうやら杞憂だったと一人胸を撫でおろした。 「これを取りに行ってたんだ」 ソロが手にした包み紙を開けると一本のワインボトルが出てきた。 「これ!」 カツラが現れたワインボトルを手に取る。 「ほう。カツラ、お前わかるのか?」 「これはここより南の地域、×△×△×で醸造されるトゥカイという甘いワインだ」 カツラがボトルを回し、ラベル表示を確認する。同時に驚きの目でソロを見つめた。 「これまさか最高級品?!」 「そうだ。酒を扱う仕事だと聞いていたから、馴染みの店に頼んで取りよせてもらったんだ」 「エッセンシアか!!極上の甘味のあるものだ」 「さすがだ。よく勉強してるじゃないか」 カツラはソロを見、彼に抱きついた。 「ありがとう、ソロ。夕食が楽しみだ」 「ふふふ。そうか」 「だからアップルパイがあるのか。食後のデザートも楽しむつもり?」 「まったく。全て言い当てられてしまったな。このワインに合うから」 タイガはカツラが酒の知識があることはわかっていたが、店にない酒のことまでスラスラと言い当てるカツラに感心していた。ソロは孫のカツラのためにかなりいい酒を用意したようだ。 「もうあとは盛り付けるだけだから。タイガ、皿、いくつか出して」 「あ、うん」 カツラに言われ素直にてきぱきと皿を用意するタイガ。タイガはソロの留守中に食器棚の中は覚えたらしい。 カツラとタイガの向かいにソロは腰を掛けた。カツラはソロが用意したワインを冷やし、グラスに注いでいく。さすが酒を扱う仕事をしているだけあってなかなか様になっている。 「久しぶりの再会に」 カツラがグラスを掲げながら言った。 「うん。カツラ、タイガ、結婚おめでとう」 「ありがとう」 「ありがとうございます」 カツラとタイガは自然に視線を合わし二人で微笑みあった。 口にしたワインは酸味があるがとても甘く爽やかなフレーバーだった。後からカツラに聞くと、自然の偶然からできたワインとのことだった。自然が作った芳醇の甘味は人が作ったものとは違い、なんとも言えない美味だ。 「美味しい」 タイガが感想を述べるとソロはうなずきながら満足そうに微笑んだ。 「タイガ、ローストチキン食ってみろ。絶品だから」 カツラがせっせとタイガの取り皿にローストチキンやサラダ、カツラが作った料理を盛り付けていく。 まるで女房だとソロはカツラの変わりように無言で感心していた。 大勢で食事をしたときにカツラがこんなことをしたことはなかった。自分は自分、人は人。カツラは常に世話をやかれる側だった。カツラがついでにという感じでソロと自分の取り皿にも料理を盛り付けていく。全員の皿に料理の盛り付けが終わるのを確認し、タイガがローストチキンを口に入れる。とても柔らかく口の中でほろほろと肉がほぐれる。味付けも最高でカツラが絶品だと自慢するのも当然だと思った。 「めちゃくちゃ旨いです」 「そりゃぁよかった」 「気に入ったのなら、帰ったら作ってやる」 カツラが間髪入れずにタイガに言った。カツラの言葉、成すべきことは全てがタイガ中心だ。カツラの言葉に「ありがとう」とタイガがそっと声をかけるとカツラはたまらない笑顔を見せた。「やれやれ。ごちそうさまだな」ソロはカツラの幸せな表情に晴れやかな気持ちになる。誰に対しても無関心だった孫がようやく求める人に巡り合えたのだと。ソロは若い新婚の二人を微笑ましく見つめた。

ともだちにシェアしよう!