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第191話 15-17
ゼファーが自宅兼店に着くと母親のリリーが店内のカウンターで近所のお茶友達と事務仕事を片手に話をしていた。
「おかえり、早かったね」
リリーがゼファーの姿に気付き声をかけた。
「なんかあったの?」
ふてくされた顔のゼファーにリリーが気付く。
「別に...。ソロさんとこのは今度直すよ」
「え?」
「鍵忘れたんだ」
ゼファーは今日のことを隠すために嘘をついた。
「鈍くさいねぇ。ま、ソロさんはうるさくは言わないだろうけど」
リリーは何か思い出したようにはっとしゼファーに話し続けた。
「あんた、呼び鈴ならさなかったの?」
「は?」
「カツラが帰ってきてるって。聞いてたでしょ?」
「...」
「カツラって?」
「そっか。ここ二、三年で越してきたから知らないよね。ゼファーの幼馴染でソロさんの孫よ」
リリーが事情を知らないお茶友達に説明をする。友達は初めて聞くソロの孫の存在に興味を惹かれたようだ。
「ソロさんの?知らなかった!ゼファーの友人なら男の子かしら?イケメンなんじゃないの?」
「もう、絶世よ!超美人。この辺の女の子たちがかわいそうなくらい」
どんな話でも膨らむリリーたちの会話にゼファーが無理やり割り込む。
「カツラが帰省するのは来週じゃないのかよ?」
「一週間早まったみたいよ。残念ね。せっかく行ったのに。後でまた顔見に行ったら?」
「母さん、ソロさんからその件で俺に伝言頼まれていなかった?」
リリーはキョトンとした顔をし、一瞬考えて答えた。
「ソロさん、あんたには伝えてるって言ってたよ。聞いてなかったの?」
黙ってうなずくゼファーを見てリリーはあっけらかんと話す。
「大方また勘違いしたんじゃない?しっかりしてるけど、ソロさんたまに抜けてるところあるじゃない」
それが致命的なんだとゼファーはため息をついた。ゼファーはリリーに何かと詮索されるのは嫌だったので、会話をさっさと切り上げ奥の事務所の方に向かった。
集中して仕事をこなしていると、昼頃にはゼファーの気分はすっかり良くなっていた。今日の昼食は何にしようかと思い店の方に出ると、リリーはお茶友達と出かけたのか、店はがらんとしていた。
カウンターにある住宅モデルのパンフレットを綺麗に整理する。するとドアの開く音がした。
昼食はしばらくお預けかとゼファーは営業スマイルで振り返る。そこにはカツラがいた。
「ゼファー」
カツラは先程の出来事などまるで気にしていないような、以前別れたままのかつての調子でゼファーに声をかけた。
目の前に立つカツラとはおよそ五年ぶりに会う。カツラは全く変わらない。別れた当時のまま。男と婚姻したからか、少し長めの前髪のせいか、優しく微笑むその出で立ちは女性に見えなくもない。その瞬間、ゼファーは今朝目にした情事を思い出し、途端に気まずくなりカツラから目を逸らした。
「おう」
カツラはゼファーの素っ気無い反応に目を見開いた。ゼファーのいるカウンターに近寄り彼の隣に陣取り、俯 くゼファーの顔を覗き込む。
「最近空き巣が多いのか?」
カツラの問いかけにパンフレットを片付けていたゼファーの手が止まる。
「でないとあんなことはしないだろ?」
カツラは正面に向き直って言葉を続けた。「あんなこと」とは今朝情事の最中にも関わらず、ゼファーがいきなりドアを開けたことだ。
「ソロさんからカツラの帰省は来週だと聞いていた。てっきり悪ガキがまたやらかしたのかと」
ゼファーはそっとカツラの方に視線を移しながら答えた。カツラもゼファーの方に視線を向け、二人の視線が重なる。懐かしい美しい翠の瞳。ゼファーの鼓動がわずかに速くなる。
「そんなことだろうとは思ったけど」
「悪かった」
ゼファーはとりあえず詫びを入れた方がいいと思いカツラに伝えた。
「別に。お前にはなんども裸見られてるしな。女じゃあるまいし」
カツラは昔からこういうことには疎い。ゼファーがなぜ気まずい思いをしているのか気付かないし気付こうともしない。
「相手、来てるのか?」
「いや、家でゆっくりしてもらっている。お前の仕事の邪魔をしちゃ悪いと思ってさ」
そう言ってカツラがゼファーの首を羽交い絞めにしてきた。カツラからはいい香りがした。それは懐かしいゼファーの初恋の香だった。
「痛っ!お前なっ!」
ゼファーはカツラの手を取り、お返しと言わんばかりに背中側に手を回し背後から羽交い絞めにする。
「あはははっ!」
カツラの笑い声が響く。
幼い時からどちらが先に参ったというかよくこうして遊んだ。
ゼファーはしてやったりと思ったが、カツラの身のこなしは滑らかで、まるでわざとゼファーの技にかかってやっているという感じだった。それを証拠にこれで終わりと思っても技はすぐに返されゼファーがきつい体勢にと持っていかれた。
何度目かの羽谷締めの時にリリーが昼食から帰ってきた。
「あらッ!カツラじゃないの!」
「おばさん、久しぶり」
返し技をかけながらカツラが声をかける。カツラは見事にゼファーの技からするりと抜け、気付いたときにはリリーにハグをしていた。
「もうまたじゃれていたのね。それにしても相変わらず美人ね。女だったらうちに嫁に来てほしいぐらい」
「おばさん、またそれ?ゼファーにはマロンがいるだろう?」
「あんなの、とっくに別れたわよ。誰かいい子いないかしら?」
「ちょっと!母さん!」
リリーの言葉にカツラが驚いたような表情でゼファーを振り返った。
「そっか。結婚すると思ったのに」
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