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第194話 15-20
ゼファーの母リリーとカツラの祖母のアフェランドラは幼い二人をアトリエに残し、さっさと午後のティータイムを楽しむためにダイニングへと向かってしまった。
紙と色えんぴつを渡されたゼファーはその場につっ立ち、どうしたらいいのかと困り果てていた。
「はぁ...」
不意にカツラがため息をつきゼファーの方に振り向いた。
「描かないの?」
さっきは一瞬だったから気付かなかったが、なぜここまで目の前の少女が異彩を放っているのかこのときになってゼファーは初めてわかった。彼女の瞳の色がとても美しい翠色なのだ。しかもずっと見ていたくなるような、吸い込まれそうな瞳の形をしている。目が合ったゼファーは鼓動が早くなるのを感じた。
カツラの圧に気おされまいと、ゼファーはカツラの向かいの席に行儀良く座る。そしてカツラの絵を恐る恐る見て驚いた。とても上手い。
「すごい...。上手」
ゼファーは無意識に言葉に出していた。
「おまえ、嫌な奴じゃないんだな?」
カツラが顔を上げニヤッと笑って呟いた。ゼファーの鼓動はさらに早まる。
「え?」
「学校で嫌な奴がいて俺の絵を悪く言うんだ。絶対そいつよりうまいのに」
カツラは赤い唇をとがらし、描いた絵に色を塗りながら話した。まるで人形みたいな子が器用に絵を仕上げていく様にゼファーはぼーっと見とれていた。するとカツラがパッと顔をあげた。
「ごめん…上手だから見とれてて…」
ゼファーが俯きながら小さな声で伝えるとカツラは手にしていた色えんぴつを手放し立ち上がった。
「外にいくか?」
ゼファーとカツラは家の前の柊の木に登った。
木登りなどしたことがないゼファーにとって、これはかなり刺激的な遊びだった。それから近くの川に行って水を掛け合ったり、素手で魚を捕まえた。そして、思い切り丘の上を全力で走り回った。夕焼けがせまる頃には汗だくになり、ゼファーとカツラはすっかり打ち解けていた。
二人は次の日も一緒に遊び、ゼファーは夏休みの間はほぼ毎日カツラと共にすごした。カツラは男女共に友人が多く、ゼファーも他の同級生ともすぐに仲良くなった。内気なゼファーはカツラと過ごす内にいつのまにか活発な少年に変わっていった。
リリーとアフェランドラはいいお茶友達になったようで、なにかあればゼファーはいつもカツラと過ごすことになった。お互いの家で寝泊りもしたし、風呂も一緒に入った。
一緒に風呂に入ると聞いてゼファーは最初焦ったが、そんなゼファーのことを気にせず目の前でさっさと服を脱ぎ素っ裸になったカツラの体を見て衝撃を受けた。
「俺と同じものがついてる!!」
カツラはゼファーに会ってからずっと自分のことは「俺」と言っていたが、ゼファーはこの瞬間までカツラのことは女の子だと思って疑わなかった。カツラの髪は長かったし、自分のことを「俺」と呼ぶ女子は珍しくはなかった。そもそもその美しい外見から女子であるとしか思えなかった。ゼファーは初めてカツラに会ったときから彼に惹かれ恋をしてしまったのだ。
夏休みが明け学校が始まるころにはカツラが自分と同じ男子だとすっかりわかっていたが、最初の大いなる勘違いのせいで、どうしてもただの友情という感情だけではおさまらない気持ちがずっとあったのは事実だ。
思春期には胸の中にくすぶる思いを払拭するためにカツラに対して告白もしたが、あっけなく振られた。今思えばもしかしたらその告白をカツラは冗談と思ったのかもしれない。
当時、ゼファーは同性同士の恋愛に関してあまりにも無知であったし、そもそもそれはマイナーであるという思いから、ゼファーはこの件に関して今までは固執しなかった。
しかし、同性であるが故に自分を振った相手が同性と婚姻を結んだということがどうしても納得できずにいた。友情と愛情、ゼファーはカツラに対してはどちらも入り混じった複雑な感情を抱いていた。
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