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第198話 15-24

下に降りるとムニエルを焼いているのかとても食欲をそそる匂いがした。ソロはダイニングテーブルに座り、ラジオを聞きながら新聞を見ている。その様子から、二人の情事には全く気付いていないようだ。 やはりソロの存在が気になっていたタイガはそっと胸を撫で下ろした。タイガは部屋に忘れ物をしたことを思い出し、急いでニ階に駆け上がる。 カツラはソファーに座り背伸びをしながらソロに話しかけた。 「もう着くな?」 「おお?そうか。ちょうどいい時間だ」 ソロが言い終わったと同時に家のそばに車が止まる音がした。話声がすると思ったら、玄関の呼び鈴が鳴らされた。カツラが玄関のドアを開ける。 「こんばんは。時間通りだ」 ドアの外には満面の笑みを浮かべたリリーがいた。 「こんばんは。ゼフが時間にうるさいから。ああ、いい匂いね。これ、作ってきたの。レモンタルトよ。食後に食べましょう。カツラ、好きでしょ?」 「うわぁ、懐かしいな!ありがとう」 カツラはリリーからタルトを受け取りながら後ろにいるゼファーにも声をかけた。 「いらっしゃい」 「おう」 「今日はゼファーが運転?旨い酒があるのに」 カツラが残念そうに言い、ゼファーと話し始めると先にリビングダイニングに向かったリリーがソロの姿を認め、大声で話し始めた。 「わたし達の超絶の美男子をものにした幸運な花嫁はどこにいるの?早く紹介してちょうだい!」 カツラと一緒にリビングダイニングに来たゼファーも辺りを見回し、カツラの相手を探した。ちょうどその時、階段から下に降りてくる足音がした。 リリーは両手の平を合わせて息を呑み、下りてくる人物に注目する。 タイガはカツラと二人で選んで持って来た酒を部屋に取りに行っていた。階段を降りリビングダイニングに行くと、今朝情事を目撃された男と小柄でぽっちゃりとした赤毛の女性が自分に注目していた。ぶつかりそうになり思わず声が出る。 「あっ...」 タイガを目にした瞬間、女性の方は鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしており、濃い青い瞳を大きく見開いて、信じられないものを目撃したようになんども瞬きをしていた。 戸惑うタイガにカツラが隣に歩みよった。 「俺のパートナーのタイガだ。タイガ、友人のゼファーと彼の母さんのリリー」 カツラは臆することなく淡々とお互いを紹介した。 「パートナーって...。えっと...?」 リリーは意味が分からずしどろもどろになる。 「俺の夫だ」 カツラはこの状況を楽しんでいるのか、笑みすら浮かべている。 「えーっとぉ...」 まだ状況を理解できていないリリーにカツラが畳みかける。 「俺の結婚相手のタイガだ。見たまま、彼は男性だよ」 「あ...」 リリーはようやく理解できたのかゼファーに助けを求めるように振り返り、意味もなく何度も頷いていた。 「そうか、そうか。おめでとう、カツラ。なかなかかっこいい人ね」 動揺のあまり言葉が出なかったリリーが思い出したとばかりに祝いの言葉を述べた。リリーの声は驚きのあまりうわづっていた。 「ありがとう」 カツラは美しく涼しい顔で微笑みながら礼を述べた。カツラの表情を見、ゼファーは大切なものを奪い取られてしまったような妙な喪失感を感じた。そしてカツラの隣にいるタイガと紹介された男を観察する。 かなりでかい。今朝目撃したときはベッドに横になっていたからあまりわからなかったが、長身のカツラよりまだ背丈はある。胸板は厚く腕もたくましい。しかし顔はどこか幼さが残り、絵本に出てくるプリンセスが恋に落ちそうなプリンスのような優しい雰囲気を持っている。 二人で並んで立つ姿はカツラが女性のように見えるせいか、違和感なくどちらかというとお似合いだ。 リリーの反応にカツラの隣にいる男は少し気まずそうにしていた。ゼファーは「いい気味だ」と少し冷めた目で見ていた。 「挨拶はそれぐらいで。食事にしようか」 微妙な空気が流れる中、ソロがみんなに声をかけた。

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