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第199話 15-25

食事は旨いがソロとカツラが一言三言(ひとことみこと)、言葉を交わすだけで、なんとも気まずい沈黙が流れていた。しかし今日のホストのソロもカツラもそんなことを気にする性質(たち)ではないため、自分のペースで食事を続けている。タイガは自分の存在が場を気まずくしているのではとあまり食事が喉を通らなかった。 「タイガ、食べてないじゃないか?魚、好きだろ?」 そんなタイガの様子に目ざとく気付き、カツラがタイガに声をかけた。 「口に合わなかったか?」 ソロもタイガに尋ねた。 「いえ、美味しいです、とっても」 タイガたちのやり取りを探るようにリリーは見ていた。リリーはカツラの結婚相手にあれもこれも聞こうとたくさん質問を用意してきたが、まさか相手が男だとは思っておらず、あまりの衝撃にだまりこくっていた。ここにきてようやく状況を理解し、リリーは行儀よく食事をとるタイガをチラチラと観察する余裕が出てきた。「カツラが男と結婚するなんて。自分より綺麗な女はなかなかいないからかしら?しかも相手もかなりのイケメンね。世の中、超不毛だわ。彼はとっても育ちがよさそう。お金持ちなのかしら?」 タイガの印象は悪くない。おしゃべり好きのリリーは早速タイガに話しかけることにした。 「タイガ君だっけ?出身はどちら?」 リリーは息を整えとびきりの声で話しかけた。 「出身はポートです」 タイガは姿勢を正し、リリーを真っ直ぐ見て答える。 「港町だったかしら?」 「ええ、そうです」 「二人はどうやって出会ったの?」 「俺の店にタイガが飲みに来たんだ」 「カツラ、接客だったわね。大変だったんじゃないの?」 「ん?」 リリーはカツラの容姿から言い寄られることが多かったのではないかと聞いたのだが、カツラは全く理解できていない。目を大きく見開き、何のことを言っているのかという表情をした。 「おまえ、ほんと相変わらずだな」 ゼファーが今夜初めて口を開いた。カツラのことはなんでも知っているというニュアンスを含んだゼファーの言葉にタイガは不快な気持ちになった。 「まぁ面倒な客もいるから大変なこともあるけど」 さらりと聞き流すように答えるカツラに「そういうことじゃないっつうの!」とゼファーはスープに口をつけながら心の中でカツラに突っ込んだ。祖父に似てカツラは本当にぬけたところがある。 ふと顔をあげると正面に座るタイガと目が合う。タイガはゼファーと目が合っても目を逸らさず、挑むような眼差しでこちらを見ていた。ゼファーはタイガのことを第一印象から良く思ってはいない。同じように挑むような目で見返した。 「これはカツラが作ったの?料理の腕上げたわね。このブイヤベースなんて絶品!ね、ゼフ?」 「え?ああ、うん」 不意にリリーに声をかけられゼファーとタイガのにらみ合いは終わった。ゼファーは親友のパートナーとはとても仲良くできそうにないと思った。 食後はリビングでリリー手作りのレモンタルトを食べながらトランプをすることになった。 聞けばカツラはポーカーがとても強いのだとか。タイガはポーカーをやったことがなく、カツラからルールの説明を受けていた。その間にいつの間にかソロとリリーの姿は消えていた。 「ソロさんは?」 「アトリエのテラスじゃないか?酒でも飲んでるんだろ」 ソファーを背にして座るカツラの横を見ると、ゼファーがソファーに座りカツラのレシピノートをパラパラとめくっていた。ゼファーの膝からくるぶしまでソファにもたれているカツラの背中にぴったりとくっついている。まるでお互い触れ合うのを全く気にしていないという感じだ。しかもカツラのレシピノートは「自分のためにカツラが考えてくれた特別なものが詰まっているノート」とタイガは勝手に思い込んでいたため、今の状況に猛烈に嫉妬の悪魔がまた目を覚ました。「なにもかも許し合っている。二人の間には他者が入り込めない時間が流れている」タイガは自分の頭に自然に思い浮かんだ言葉にいたたまれなくなった。 「タイガ?」 むくっと立ち上がったタイガにカツラが不思議に思い声をかけた。 「トイレ」 タイガは暗い表情になった自分の顔をカツラに見られたくなかったので、顔をそむけながらさっさと二階のトイレに向かった。自分の気持ちを落ち着かせるために。

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