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第209話 15-34

カツラとの久しぶりの酒は楽しかった。あいつがパンケーキの粉をぶちまけるまでは。ゼファーは今日一日起こったことを思い返していた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「相棒はどうした?」 「ソロに捕まった。釣りだってさ。終わり次第来る。しかしすごいな。また内装を変えたか?」 ゼファーの家の中をぐるりと見まわしながらカツラが言った。持って来た酒とつまみをダイニングテーブルに置く。 「母さんが雑誌見て感化されたって。父さんはそのせいで出稼ぎさ」 「なに言ってんだ。開発都市のモデル住宅の責任者だろ。おじさんすごいな」 二人で向かい合い世間話をしながら酒を飲む。数年会わなかったがそんな時間の隔たりなど感じさせないくらいお互いの存在が心地いい。他愛のない話に花が咲き、気付けば飲み始めて三時間近くが経っていた。 この頃からカツラがチラチラと時計を気にし始めた。ゼファーは気付かないふりをしていたが、あまりに頻繁に時間を確認するカツラについに痺れを切らし時間を確認する理由を尋ねた。 「タイガ、そろそろのはずなんだけど。なにやってんだ」 それをきっかけに酒が進んだこともあり、カツラの口からはタイガタイガと何度もカツラのパートナーの名前をゼファーは聞かされた。 「おまえがそんな話するの初めてじゃね?」 ゼファーは今までカツラの恋人の話を本人から聞いたことがなかった。そもそも長続きしてこなかったので、聞く必要もなかったのだが。 「だってさ...」 この話を振ったゼファーは心底後悔した。カツラはタイガとの惚気話を始めたのだ。出会いからつき合うまで。同棲生活。タイガからもらった指輪の話。お互いがどれだけ惹かれ合っているかなどなど。 ゼファーが知っているカツラからは想像もできない姿だ。まるで十代の初恋をした少女のように頬を赤らめ微笑みながら聞いてほしくて仕方がないというオーラを出しまくっている。 ゼファーはこの状況から抜け出すために話題を逸らすことにした。 「甘いもん食いたいな。なんか作れないか?」 「えー?」 惚気話を中断されカツラが不機嫌に反発する。 「そういやパンケーキの粉が棚にあったな。作ってくれたらまた話聞くからさ」 ゼファーはそもそも惚気話など二度と聞くつもりはなかったが、カツラの意識を逸らすためにそうもちかけた。カツラは渋々立ち上がりキッチンの上の戸棚を開きパンケーキの粉を探し始めた。三つ目の棚を開けた瞬間、いい加減に置かれていたパンケーキの袋がひっくり返りながら下に落ちた。 バサッ!! 「ひっ!」 ゼファーは携帯をいじっていたが、ばさーッという大きな音にカツラの方を見、爆笑した。 「ははははっははっ、腹痛てぇ、ははははっ!」 「んだよっこれっ!!」 振りむいたカツラはパンケーキの粉で上から下まで真っ白だった。カツラは文句を言いながらゼファーの家のバスルームへと向かった。 「おいっ、家が真っ白になるだろうがっ!!これ片付けろよっ!」 ゼファーを無視してバスルームのドアが不機嫌にバタンと大きな音をたてて締まる音がした。 ゼファーは悪態をつきながらカツラが床にぶちまけたパンケーキの粉をしぶしぶ拭き始めた。数分経った頃、ゼファーもバスルームのドアを開けた。そこにはちょうどシャワーを浴び終えたカツラがいた。 カツラは下着一枚、タイガの購入した黒いTバック姿だった。不機嫌な表情で髪を拭き、戸棚にあるバスローブを手に取る。 ゼファーがカツラの裸を見たのは何度もあったが、この姿は衝撃だった。黒い布を割れ目に食い込ませた上向きの豊満な尻から目を離せない。カツラがバスローブに袖を通したところでゼファーはカツラに近寄り、腰にある細い下着の紐に指をかけた。 「これ、あいつの趣味?」 そのままパチンと音を立て指を離した。 「は?」 カツラは今まで通り、ゼファーの前で裸体になることに何の抵抗も見せていない。 「カツラさぁ、俺の気持ち知っててガード緩くない?」 ゼファーはバスローブの上からではなく、カツラの裸体の素肌の腰に手を回し詰め寄った。初めて性の対象として触れるカツラは魅力的でゼファーはほのかに欲情する。もう一歩踏み込もうとしたところでカツラが言い放つ。 「なに言ってんだ」 カツラは酔っているせいかゼファーの言葉を気にかけず、するりと身を交わしバスルームのドアに手をかける。 「ほらほら、捕まえてみろっ」 カツラはあははと笑いながらダイニングテーブルにある酒をつかみ取り身軽に階段を上がっていく。 また酔っ払いの世話かよ!ゼファーはカツラを追いかけることはしないで再びダイニングの床の掃除を始めた。

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