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第210話 15-35
ゼファーはようやくダイニングの床を拭き終わり階段を上がる。自分の部屋に入るとカツラが片足の太ももをさらけ出し、うつ伏せでソファーに横になっていた。バスローブはきわどいところまではだけ、Tバッグのせいで尻の丸みまで足の一部のように露わになっている。細く白い長い足は形がよく、女のものと言われても差し支えないものだ。
それを証拠に今まさにカツラに覆いかぶさろうとしている者がいた。彼の手はカツラの肉付きの良い太ももに置かれどこから食べようかと獲物を物色している捕食者のようだった。
「なにやってんだ、アド?」
ゼファーの声にビクッとなり男はカツラの太ももに置いていた手をさっと引っ込め振り向いた。ダークブロンド、濃い青い瞳をしたゼファーのいとこのアドニスだ。大学生のアドニスはゼファーの家にも自由に出入りできる。おそらく店側の入口から入ったのだろう。ゼファーに用があったのか、部屋に来たらカツラの姿を見つけ興奮したのだろうか。
「別に…」
やましいことをしようとしていたことに後ろめたさがあるのか、アドニスはぼそぼそと呟いた。
「アド、覚えてるか、こいつのこと?」
「え?」
「俺が高等部卒業の年に学祭でお前が一目惚れしたブロンド女いたろ?」
ゼファーが高等部最終学年の時、学祭でクラスの男子と女子で女装と男装をした。
カツラはその外見から彼の女装を見抜ける者はいなかった。ブロンドのロングヘアのウイッグにブラウンのカラコンまでつけ女装した。カツラと顔見知りの者も髪と瞳の色が違い女性の服装をしているので、女性であることを疑わなかった。黙っていれば男だとバレることはなかったのだ。
当時10歳だったアドニスは、親に連れられいとこの学祭に遊びに来ていた。その時に女装したカツラに微笑みかけられ恋に落ちてしまったのだ。惚 けた顔でカツラを見入っていたアドニスの姿は今でもありありと思い出すことができる。その後ゼファーは何度もアドニスから尋ねられた。「あのブランドの女の子は誰?」と。
ゼファーは真面目腐ったいとこのアドニスに淡い恋心を捨てさせ、本物の女に気を向かせるために残酷な事実を今突きつけることにした。
「じゃぁ、この人があの時の!!」
奥手のアドニスは初恋の淡い思いをまだ胸に抱いていた。食い入るようにまどろむカツラの横顔を見ている。思い続けていた相手にようやく再会することができたとアドニスの心は弾んだ。
「おい、起きろって」
ゼファーがカツラの肩をゆする。
寝ぼけ眼 で片目を開けるカツラが体を起こす。そのタイミングを見計らったようにゼファーがカツラの背後からバスローブを肩から思い切り肘のあたりまでがばっとずり下ろした。透き通るような白い肌に薄い桃色の乳首、しかし胸のふくらみはない。
「アド、こいつは男だ。カツラっていたろ?覚えてないか?」
いきなりバスローブをはだけさせられたカツラはようやく目が覚めたのか、ずり下ろされたバスローブをいい加減に引き上げ、背後にいるゼファーに悪態をついた。
「なにやってんだよ?」
「カツラ、覚えてるか?アドニスさ。俺のいとこの」
カツラの目の前には目を見開き、固まるアドニスの姿があった。
カツラの記憶ではまだ幼かったアドニス。数回しか顔を合わせたことはないが、当時の面影はどことなく残っている。
「アド。俺のこと覚えているか?」
アドニスはたった今失恋した。
半裸のカツラは目を奪われる程美しかったが、カツラが女性と思い込んでいたアドニスにとってはカツラの裸体は違う意味で衝撃だった。当然だが、発せられる声は低く男性の声だ。
まさかずっとほのかに恋漕がれていた人が実は男だったとは。
幼い頃、カツラと数回顔を合わせたことのあるアドニスだったが、女装したカツラの姿が強烈すぎて、カツラ本来の姿はあまり記憶に残っていない。
アドニスはゼファーが事実を知ってたにも関わらず、ずっと黙っていたことに気づく。馬鹿にされていたのだと。アドニスは腹が立って泣きたくなり、すくっと立ち上がり部屋を飛びだした。
「昔はかわいかったのにな」
カツラはアドニスが去った理由を分かっておらず、無視されたと思い再びソファのひじ掛けに体重を預け瞼を閉じた。
ゼファーはカツラの隣に腰を下ろし、足を組みむき出しになったカツラの太ももに手を滑らせた。カツラの肌は滑らかで気持ちがいい。男だが女のような美しさを持っている。天然記念物並に貴重な存在。こんな所に触れてもカツラはゼファーを拒絶しない。ゼファーはこれが自分とカツラの距離なのだと実感した。
俺の大切な友人。そしてそれ以上の存在だ。満たされた気分に浸っているとタイガが現れた。
タイガの表情がカツラを認めた瞬間ガラリと変化する。タイガはカツラを誰一人として触れさせる気はないらしい。誰の目にも触れさせたくなにというようにカツラの乱れたバスローブを整える。
こうなった経緯をタイガがカツラに確認するが、酒に酔ったカツラは答えることができない。
仕方なくゼファーが説明する。ゼファーの目にはタイガはかなり束縛が強くカツラへの狂気じみた執着を感じた。こいつ、大丈夫なのか?とカツラのことが心配になる。
ゼファーはタイガを試してやろうとアドニスの話を吹っかけてやった。思った通り、タイガは煽りに乗ってきた。仲裁にカツラが入るがシラフでないカツラには無理だろう。どうしてやるかとゼファーが思っていると、タイガは思いもよらない行動に出た。カツラに熱い口づけをしたのだ。ゼファーがショックだったのはそれをはねつけず、タイガのキスに同じように応えていたカツラだった。二人が裸で絡み合っていた姿がまざまざと甦る。
胸糞が悪くなりゼファーは部屋をあとにした。
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