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第213話 15-38

ここにきてからは毎朝鳥たちの (さえず)りで目が覚める。今朝も同じように目を覚ますと、隣りにカツラの姿はなかった。 昨夜、シャワーの後カツラはなかなか部屋にあがってこなかった。タイガはベッドの中で待っていたが、カツラがこないのでそのまま眠ってしまったのだ。 昨日カツラはタイガを誘っていた。しかし、タイガはカツラが自分に気を使ってそうしているのではと思い、自分の中の意志を総動員してカツラの誘いに乗らなかった。くだらないヤキモチをやいてカツラを困らせるのはそろそろやめなければと思ってのことだった。 カツラはタイガに拒絶されたと思ったのだろうか?カツラがバスルームでの様子がおかしかったことが急に胸にのしかかった。タイガは不安になり急ぎ階下に降りた。 「早いな」 キッチンには既にソロが朝食の用意をしていた。 「おはようございます。あの、カツラは?」 「ん?」 ソロは聞いてないのかという表情を見せ答えた。 「カツラは朝早く出かけたぞ。ゼファーのところだ」 時間はまだ朝の5時を少し過ぎたばかりだ。心を許した者同士の二人の近い距離感を思い出す。タイガは心底後悔した。何故昨日心のままにカツラを抱かなかったのか。今隣りにいるのはゼファーではなく自分のはずだったのに。 「カツラを探してきます」 タイガは寝巻きのTシャツ短パンのままソロに車を借り、ゼファーの家に向かった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 早朝にカツラに起こされたゼファーは目線を落としたままカツラとの待ち合わせの場所へと行く。 ここは学生時代二人でよく話していた場所だ。高台になっているこの場所からは街並みが一望できた。ちょうど朝陽が昇り美しい日の出が街の方を照らしている。 ゼファーは視線をあげた。街と丘を分けるようにレンガ作りの低い堀が遠くまで連なっている。そこにカツラが背を預けぼーっと朝日を眺めていた。 「よおっ」 ゼファーの声にカツラがゆっくり顔を向けた。カツラの表情は暗い。眠っていないのか目の下にクマができていた。 「おまえ、どうした?!」 つき合いの長いゼファーであったが、今までカツラのこんな表情を見たことがなかった。 「なぁ。昨日俺はただ酔っぱらっただけだよな?」 「ええ?」 「なんでバスローブだったんだ?」 カツラからの唐突な質問にゼファーは一瞬戸惑ったが、カツラの隣に同じように立ち改めてカツラに確認する。 「おまえなにも覚えていないのかよ?」 ゼファーの言いようにカツラは黙りこくった。 「ったく。毎回のことだけど」 頭をかきあきれながらゼファーはことの経緯(いきさつ)を話し始めた。 「パンケーキを作ろうとして頭から粉を被ったんだ。で、俺ん家で勝手にシャワー浴びて勝手にバスローブを着て伸びてたんだ」 ゼファーと自分の間になにか間違いが起こるはずがない。安堵のため息とともにカツラの表情が緩む。 「ははは...。だよな、やっぱり」 「俺がお前になんかしたと思ったのか?」 「まさか」 「あいつになんか言われたんだろ?」 カツラの表情が固まる。ゼファーはカツラが心配になった。 「あいつ、大丈夫なのか?かなり束縛強そうに感じたけど」 「ゼフ...」 「カツラ、お前そういうの絶対無理だろ?」 「タイガは...。タイガはいいんだ。俺は嫌じゃない」 「は?」 死にそうな顔でタイガをかばうカツラにゼファーがここぞとばかりに畳みかける。 「カツラ、男がいいのなら俺にしろ。俺ならお前にそんな顔はさせない」 ゼファーはカツラの両肩を掴み自分の素直な気持ちを伝えた。 「ゼフ、俺はタイガと結婚してるんだ」 「離婚すればいい」 「なに言ってんだ?あり得ない!!大体ゼフをそんなふうに見たことない」 「だったら今から見ろよ!」 「タイガがいいっ!タイガしかいらない!タイガでないと...」 カツラは取り乱ししゃがみ込んでしまった。こんなカツラを見る日がくるとは。ゼファーは想像もしなかったカツラの姿に呆然とした。 「俺はまたなにかやらかしたのか?どうしよう」 小さな声で頭を抱え、ぼそぼそと言っているカツラの隣にゼファーが腰を下ろす。 「カツラ、聞いてやる。そのために俺を呼び出したんだろ?なにがあった?」 ゼファーはカツラの両手を掴み視線を自分に向けさせた。カツラの翠の瞳が不安で揺らめいていた。 「俺は...。俺は怖い。こんなに人を求めたことがない。タイガに嫌われたくない。でもどうすればいいのかわからない」 「そんなの、話し合えばいいだろ」 「タイガが話したくなかったら?前にしつこく付きまとって嫌われたことがあるんだ」 「え?どういうことだよ?」 「俺は一度タイガに振られてる。タイガは真面目だから俺の適当なところが許せない時があるんだ。今回もなにか...」 ゼファーはずっと疑問に思っていたことを口にした。 「なんでそんなに結婚急いだんだ?ソロさんに会わせてからでもよかったんじゃないのか?」 カツラが焦点の合わない目でゼファーを見た。 「俺から提案したんだ。タイガを放したくなくて」 マジかよ!ゼファーはタイガが上手くカツラを丸め込み婚姻を結んだものだとばかり思っていた。事実は逆だったとは。 確かにいい男だとは思う。男らしいたくましい体格。若手の映画俳優のような甘いマスク。それでいて貴族のような雰囲気を醸し出してはいるが。 「あいつのどこがそんなにいいわけ?」 「全部」 カツラはゼファーの目をまっすぐ見て即答した。 ゼファーはカツラにはなにを言っても無駄だとようやく悟った。タイガではなくカツラの方が奴に惚れきっているのだ。 カツラはゼファーにとっては大切な存在。カツラには幸せになってほしい。

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