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第214話 15-39
タイガはゼファーの自宅に着いた。
しかしこんな朝早くに呼び鈴をならしていいものか急に冷静さを取り戻す。ゼファーは母のリリーと一緒に暮らしている。訪ねる言い訳を考えていなかったタイガは車から降りたもののどうしようかと裏口前で立ち尽くした。
家の周りは朝早いこともありまだ静まり返っている。タイガはどうやってゼファーの家に入ろうかとしばらく思案しなければならなかった。すると遠くから車の走る音が聞こえる。車はどうやらゼファーの家の正面に停まったらしい。もしやと思い、タイガは急ぎ正面玄関の方に走っていった。
「朝飯まだだろ?食っていけよ」
カツラは相変わらず思考が停止しているようで無言で車から降りるところだ。ゼファーはやれやれと思いながら、自分も車を降りなんとなく視線を遠くに向けた。そこに人影を見つけた。見覚えのあるシルエット。彼は様子を伺うつもりなのか、物陰に潜んだままでこちらに来る気配はなかった。
ゼファーは気が進まなかったが親友のために一肌脱ぐことにした。同時にその借りも返してもらうつもりだ。
「ほら」
のろのろと動きの遅いカツラの手をとってやる。カツラが車から完全に降り立ち上がったところで、ゼファーはカツラの顎を掴み唇を重ねた。
「ゼフッ!」
唇が触れた瞬間カツラはゼファーを押し返そうとしたが、タイガとの一件で思考能力が低下しているカツラは、車に押し付けられゼファーを振りほどくことができない。舌を絡め取られ口腔内を好きなように貪られる。
ゼファーはこれが最初で最後のキスだと思いながらカツラの唇を味わった。カツラとの初めてのキスはまるで違和感がない。なぜもっと早くにこうしなかったのか。
僅かに瞼を開きカツラの表情を確認すると、無心に目を閉じキスが早く終わるのを待つカツラに気付き、ようやく唇を離す。
「元気出せ」
ゼファーは愛しい者を見る目でカツラを見つめ額にそっとキスをした。カツラは予想外のことに身動きができずに固まっていた。
「おいっ、いったいどういうつもりだ?」
聞き覚えのある声にカツラがビクッと体をこわばらせる。そしてそのまま声のした方向に顔を向ける。
「タイガ...」
消え入りそうな声でカツラが呟いた。
ようやくお出ましかとタイガの存在に気付いていたゼファーはタイガをなおさら煽るようにカツラの肩を引き寄せた。
「おはようの挨拶をしてたんだ。俺とカツラはよくする」
「は?なに言ってんだ?そんなことしたことないだろっ!!」
カツラはタイガにキスを見られたことで焦り、ゼファーの言葉に必死になって言い返す。
「タイガッ」
カツラは慌てて再びタイガに視線を向ける。タイガの瞳はとても濃い色をしていた。すごく怒っているのがわかる。なにを言っても余計に怒りをかうような気がしてカツラはそれ以上言葉を出すことができなかった。
「なんだよ?」
ゼファーは相変わらずカツラを掴んだままでカツラの髪に唇を添わせた。
いい加減にしろっ!!それは俺のものだ!!タイガの堪忍袋の緒が切れた。あまりの怒りに目がチカチカする。タイガは力強い足取りで二人の目の前まで歩み寄り、カツラの腕をがばっと掴み、ゼファーから強引に引き離した。
昨日から大人げない行動はダメだと自分を戒めてきたが、目の前でキスを見せられ、タイガの我慢は限界にきていた。そのままカツラの手を引き真っすぐ前を見て自分の乗ってきた車へと向かう。
「タイガッ」
カツラの呼びかけにもタイガは振り返らない。
「タイガッ、痛い、腕がっ」
バンッ!!
「痛 っ」
カツラはタイガに車のドアに押し付けられる。自分に覆いかぶさる影を感じ目を開けると、タイガが強い眼差しでカツラを見ていた。とても瞳の色を濃くして。カツラは目を逸らすことができなかった。キスをされると思ったが、タイガはカツラの背中ごしの助手席のドアをそっと開け
「乗って」
と言っただけだった。タイガの言葉は優しい言い方だったが、それがかえって突き放されたように感じた。
カツラは泣きたい気分だった。車中、あれからタイガは一言も言葉を発していない。真っすぐ前を向いて運転に集中している。隣にカツラの存在などいないように。
なんとかこの状況を打破するためにゼファーに会いに行ったのに泥沼になってしまった。どうしていつも自分はタイガとのことになると余計に事態を悪化させてしまうのか。カツラは車窓を眺めながらここに来た当時を思い出していた。
「あの頃に戻れるのだろうか?離婚したいって言われたらどうしよう」次から次へと不安が押し寄せる。
辺りが朝の光にすっかり照らされたころ、自宅に着いた。カツラはシートベルトをのろのろと外す。思考が働いていないためうまく外せない。すると隣のタイガがカツラの上にのしかかってきた。
タイガはカツラの唇を奪い、激しく口腔内を貪り始めた。息ができないほど激しい。
「んっ」
「あっ」
息継ぎのため声が漏れる。カツラも夢中でタイガの舌を絡め取る。愛しくてたまらないタイガとのキスに必死でこたえた。
お前が好きで好きでしょうがない。嫌わないでくれ。そんなことを思いながら激しく熱い口づけを交わす。長い時間をかけようやく唇を離すと、お互い息が切れていた。
「カツラ...。ベッドで話そう?」
タイガからの提案はカツラが待ち望んでいたものだった。
「タイガッ!」
カツラはタイガに強く抱きついた。タイガがカツラの腕をほどき再びキスをする。
「ソロさんが朝食作ってくれているから」
タイガの瞳は普段通りの色を取り戻していた。
「うん」
二人は車から降り、手をつないで玄関へと向かった。
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