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第227話 15-52
「今夜は月に一度のイベントだ。ダンス、ダンスでかなり盛り上がるぜ?」
活気溢れる店の様子に見とれているカツラとタイガにゼファーが説明する。タイガはここに来る前に目にした人達のことを思い出しゼファーに尋ねてみた。
「外にも同じような出で立ちの人たちもいたけど?」
「この界隈はヘザーの努力の甲斐あって、LGBTQ+歓迎の店が多いんだ」
「へぇ。ヘザーはがんばったんだな」
カツラがヘザーを賞賛した。
「今日は酒もサービスで安くなってる。俺は飲めないけど、お前らせっかくだから楽しめよ?」
ゼファーがヘザーに視線を送るとヘザーが了解と言って七色のカクテルをカウンターに差し出した。
「プライドパレードはレインボーパレードとも言われるの。どうぞ」
目の前に出されたカクテルはレインボーパレードをイメージしたカクテルだ。ほのかに甘い香りがする。薄暗い照明をわずかに反射しキラキラと輝くカクテルは喉の渇きを意識させた。タイガは早速グラスに手を伸ばす。
「いただきます」
「ありがとう」
カツラもゼファーとヘザーに礼を言いながらグラスを手に取る。ゼファーはミネラルウォーターで、タイガとカツラはレインボーカクテルを掲げ乾杯した。
ヘザーは他の客の接客をするためタイガたちの前から一旦姿を消した。常連客も多いらしく忙しそうだ。しばらく3人で他愛のない話をしているとノリのいい曲が流れ出し周りにいた客達がパラパラとダンスホールに向かう。その場で緩くリズムにのっている者たちもいる。タイガたちは席を離れずチビチビと酒を飲んでいた。
ゼファーがどういうつもりでこの店に連れてきたのかわからないが、タイガは彼なりに自分たちのことを認め応援してくれているように感じた。
店に来ている客たちも気さくで一緒に写真を撮ろうと声をかけられる。今いる時間を共に楽しもうということなのだろうが、やはりタイガは多くがカツラ目当てで写真撮影を依頼しているような気がしてならなかった。カツラは友人のヘザーの店ということもあり、快く写真撮影に応えているが。
「お前、眉間にしわ寄ってんぞ?」
カツラに絡む客達を面白く思っていないタイガの感情を読み取ったのか、ゼファーが絡んでくる。
「心配すんな。一人で来てるやつはほとんどいない。カツラ目当てだとしても俺たちがいるんだから」
いつの間にかタイガの隣に腰を下ろしたゼファーが耳元で囁く。タイガは仕方なく気分を変えようと遠くに目をやる。するとヘザーが入口辺りで女性客にかわるがわる何か尋ねているようだ。ヘザーの表情からは彼女は焦っているように見えた。なにかあったのだろうか?何人目かの女性客とのやり取りを終え、ヘザーが意気消沈した様子でタイガたちのもとに来た。
「どうした?なんかあったのか?」
ゼファーもヘザーの表情を見て尋ねた。
「今夜うちのスポンサーと一緒にダンスをする予定の子が急遽来られなくなってしまって。代替えの子を探しているんだけど」
「そこいらにいっぱいいるじゃん。礼金払えば喜んで踊ってくれるんじゃね?」
そんなに深刻になることかとゼファーが軽く提案をした。
「あのねぇ!スポンサーはスレンダーな美女好きなの。いる?ゴロゴロ?」
ヘザーは最後の方は声を落として言い放った。
「だいたい相手の男がいい顔しないわよ。本人がよくても」
ゼファーの他人 ごとの受け答えにヘザーが嫌味で返した。確かにヘザーは絶世の美女とは言えない。絶世...。タイガの頭に警報が鳴るのとほぼ同時にヘザーとゼファーが声をあげた。
「あ!」
「あ!」
二人ともカツラを見ている。ヘザーはカツラに指までさしている。
「やった!!」
まるで宝物を見つけたようにヘザーが声をあげた。ゼファーとヘザー、二人の視線に嫌な予感がしたのかカツラは気付かないふりをした。
「なんだよ?」
「ふふふ」
悪だくみをするようにヘザーが微笑む。
「俺は...。無理だからな」
ヘザーがなにか言う前にカツラが目線を逸らし牽制する。
「カツラ、女装したことあるじゃない。すごく綺麗だった」
「ま、全員だまされたしな」
ゼファーがヘザーを援護射撃する。
「女装?」
タイガは初めて聞くカツラの過去にすぐに反応した。
「学園祭で男女で女装、男装をしたの。カツラのことは誰も見抜けなかった。男だって」
「そう...なのか?」
タイガはまじまじと改めてカツラを見た。女装姿のカツラを想像する。男性の服装をしている今でも遠目ならば女性に見えなくもない。女性の服装をしたカツラならば初見では騙されるかもしれない。自分に絡みつくタイガの視線にカツラはソワソワしだした。それを見てゼファーはピンとくる。
「な?カツラの女装見たくないか?マジでいいぞ?」
ゼファーがタイガに肩を寄せ耳元で囁いた。それは悪魔のささやきだった。
「おい、ゼフ。タイガになに吹き込んでるんだ?」
ゼファーがタイガに余計なことをしようとしていると感づいたカツラがそれを止めようとする。しかし時は既に遅し。ゼファーの言葉によってタイガの欲求は余計に膨らんだ。
「タイガがお前の女装を見たいってさ」
ゼファーはぱっとタイガから体を放し言いはなった。
「は?」
カツラが片眉をあげ本当かという目でタイガを見る。
カツラはタイガの言いなりだ。タイガが見たいと言えば絶対に女装する。ゼファーはもう一押しだと思い、タイガに詰め寄った。
「だろ?タイガ?」
「興味はある...。カツラのことだから」
タイガは少し目線を落としながらよくないことを伝えるように小さな声で言った。
タイガは葛藤していた。女装するということは、今夜スポンサーの男と一緒にダンスをするということだ。
しかしカツラのことは全て気になる。前部知っていたい。ゼファーやヘザーがカツラの女装姿を知っているのに自分が知らないのは嫌だった。それに単純に見てみたいという気持ちもあった。
タイガの言葉を受けてしばし口を閉ざしていたカツラが口を開く。
「わかった」
カツラはやはりタイガの希望を聞き入れた。もっと手こずると思っていたヘザーは意外にあっさりと女装を受け入れたカツラに少し驚いているようだ。
「でもどうするんだ?なんもないぞ?」
女装を了承したものの女装に必要なものは何もないからどうすることもできないだろうとカツラは高をくくっているようだ。
「大丈夫!ここは多種多様のお店よ。服はいくらでもあるから」
「え?」
ヘザーは心配ごとが解決したとからっと答える。カツラの予想は見事に外れたようだ。そしてヘザーはあまり気の進まないカツラをこっちこっちと腕をひきながらスタッフルームへと連れて行った。
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