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第233話 15-58
タイガが振り向くとまだ先程の男がカツラに絡んでいた。タイガが勇足でカツラの元に行こうとすると、ゼファーに引き留められる。
「なんだよ!」
余裕のないタイガはゼファーに食ってかかる。
「まあ、見てろよ。カツラだってばかじゃない。ノコノコ付いていくはずないだろ?」
ゼファーに宥められ、タイガはひとまずことの成り行きを見守った。二人が顔を寄せ合いヒソヒソと話している。タイガの我慢も限界にきた。やはり行くしかないと思った途端、男の表情が固まった。そしてカツラが声を出して笑い出しこちらに戻ってくる。完全に男の声だ。
男はカツラが自分と同じ男だと気づいたのだ。ギリギリまでその気にさせバッサリと切った。気のある相手にいつもカツラがとるやり方だ。
カツラはタイガと目が合うと笑顔を浮かべ抱きついてきた。そして頬にキスをした。
「えっと…」
戻ってきたカツラに人前で抱きつかれ、こんなことに慣れていないタイガは先ほどまでの憤りも忘れモジモジとたじろいた。
「カツラ、タイガが困ってんぞ?」
見るに見かねてゼファーがカツラに言い放つ。
「タイガ。今日ぐらいいいだろう?俺はずっとこうしたかった」
カツラはゼファーを無視しタイガに体をなおさらピタッと密着させる。カツラは離れる気はないらしい。カツラの片足はタイガの股間に触れている。カツラが着ている薄い服を通してカツラの肉体と体温を感じタイガは大いに戸惑う。
「お前、キモいからやめろ」
「ゼフ、偏見だぞ。それに今は女なんだからな?しかもここは性別に関わりなくこういうことができる店だ」
カツラの言い分は正しいが、ゼファーは今までカツラのこんな惚気ぶりは見たことがなかった。そのため妙に恥ずかしく居心地が悪いのだ。
「ダーリン、ちゃんと抱き返して」
カツラは半分からかうようにタイガの目を見てそういうと、肩に顔を預けた。
自分の伴侶となった男はこの上なく美しい。女装をしても全く違和感がない。性欲を煽る香水の匂いに当てられ、タイガはカツラに触れられたところから体が火照ってきた。今日は何度我慢した?わずか数秒の間にタイガは自問自答を何度も繰り返していた。しかし、カツラから甘く囁かれ物理的な刺激まで受け、とうとうタイガの理性のネジが吹っ飛んだ。
「タイガ?」
タイガは力のままカツラを強く抱き寄せ、思い切り唇を重ねた。舌を入れ深いキスをする。そして両手は尻までおり、遠慮なく揉み始めた。
「あ、タイガっ」
火のついたタイガにはカツラの声は届かない。タイガはカツラの体をまさぐりながら、首元を愛撫し始めた。ここで始めるのかと二人のやり取りに気づいた周りが好奇の目で見始める。
「ゼフッ!」
カツラがたまらずゼファーに視線を向け助けを求めた。
今のカツラは側から見たら女にしか見えない。そんなカツラを女のように抱くタイガにゼファーは衝撃を受けていた。女の姿をし身悶えるカツラは美しく、ゼファーの視線は釘付けになっていた。止めなければいけない状況であったが、友人であることも忘れ固まったように見入ってしまっていた。
ゼファーはカツラの声にはっとなり、目の前にあるミネラルウォーターのグラスを手にとり、タイガに頭からかけた。
ようやっとタイガが理性を取り戻し、激しい愛撫が終わった。タイガは血走った目で目の前のカツラを見る。カツラの服は僅かに乱れ白い首元には赤いキスマークがあった。
タイガは激しく動揺した。また嫉妬と独占欲に飲み込まれ我を失ったのだ。しかも外で。タイガは自己嫌悪に陥った。
「タイガ?」
金縛りにあったように動かないタイガを気に掛けカツラがタイガの名を呼ぶ。
「俺…、俺…。ごめん。外の空気にあたってくる」
タイガはいたたまれなくなり、正面ではなくすぐそばの裏口から外に出た。
「あれはカツラが悪い。思いっきり誘ってたろ?」
ゼファーがあきれながらカツラを戒める。
「甘えただけだ。場所も場所だし」
やりすぎたとカツラも反省したのか目線を逸らしてバツが悪そうに言った。
「ここはゲイバーってわけじゃないから、ハッテン(注1)はないぜ?」
「わかってる!」
もう聞きたくないというふうにゼファーに言い放つ。カツラは大人しく椅子に腰かけ、酒を注文した。自分が招いたことであるがタイガのことが心配でたまらない。
10分以上経ったが、タイガが戻ってくる気配はない。
「大丈夫か、あいつ?」
「俺、見てくる」
ゼファーは自分が行ったほうがいいのではと思ったが、ここに一人カツラを残していくと、また思わぬトラブルに巻き込まれかねない。先ほどからやけに視線を感じる。それほど今夜のカツラは魅力的だった。
注1ハッテン ゲイが匿名的な空間のなかで他の男性と機会的な性行為をすることを指す。
ハッテン場とはそうした場所となる空間のこと。
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