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第235話 15-60
店に入ると大音量で曲が流れていた。再びDJが仕切り、ダンスに自信のある者が壇上でパフォーマンスを披露している。客たちの容貌も先ほどとは変わり、肌の露出が多い者、男性だが女性のような衣装を身につけているものなど様々に入り乱れていた。
ゼファーはカウンターから出てきたヘザーと隣り合い座り、話をしている。
「おかえり。カツラ、さっきは助かったわ。チーゼル、もっと融資してくれるって」
二人の姿に気づいたヘザーが声をかけた。かなり良い返事をもらったようで、ヘザーの表情は明るい。
「タイガ、お前体動かしてこい。相当ストレスたまってるだろ」
先ほどからタイガの様子を一部始終見ていたゼファーがけしかけた。
「いや…ダンスは...」
ダンスに興じている者は様々だ。曲に合わせただリズムにのっている者たちだって大勢いる。要は自分が楽しんでいるかどうかなのだ。ノリが悪く渋るタイガにゼファーが言い放つ。
「じゃ、カツラ、付き合え。せっかくだからな」
タイガが遮る前にゼファーはカツラの手をとり、ダンスフロアへといってしまった。カツラはタイガのことを気にしていたが、ごった返す人で二人はすぐに見えなくなってしまった。
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「あいつ、年下なんだろ?」
曲に合わせリズムにのりながらゼファーがカツラに確認する。
「そうだけど?」
「ちゃんと躾ろよ。相当やばいぞ」
「なにがだよ?」
「お前よく我慢できてんな?このままじゃいつか爆発するんじゃねえ?」
「はあ?」
カツラは思い切り眉間に皺を寄せゼファーを睨みつけた。
「ありえないし。お前は俺の母親か?」
ゼファーのタイガに対する否定的な意見に明らかにカツラは不快感を示した。ゼファーはわからずやのカツラに「バーカ」と喧嘩をふっかけた。それに対してカツラは「うるさい、小姑」と言い返す。そんなふうにお互い文句の応酬を繰り返していると、曲調が変わった。
みんなそばにいる者としめし合わせ、壇上でパフォーマンスしている者と同じように踊り始める。ゼファーとカツラ一時休戦とし周りの客たちと一緒に踊り始めた。これは団結力が生まれて大いに盛り上がった。曲が終わると知らない者同士がハイタッチやハグをして、達成感を味わう。この頃にはゼファーとカツラは踊り始めた頃の険悪なムードはすっかりなくなり、幼馴染らしく楽しくダンスに興じていた。
ゼファーがカツラの背後からウエストに手を回す。今のカツラは女装姿のため、違和感がない。カツラもそれがわかっているのか、女性がするように振る舞う。両腕をあげ、腰を振りリズムをとる。いつもの二人のノリで仲の良い男女にしか見えないようにわざとやっているのだ。時々目を合わせ、今のこの時を楽しむ。息がかかり合うほどの距離も二人には普通の距離だ。気心の知れたカップルのように、息を合わせダンスに興じる。
こうしてカツラといるとゼファーは何をしても心底楽しめた。始めはそんなつもりではなかったのに、数日前に封印した気持ちが溢れ出す。
照明を受け、キラキラと輝く瞳で微笑みながらリズムにのるカツラの横顔を見ながら、ゼファーは改めて自分の気持ちをはっきりと自覚した。他のどんな女よりもいい。性別なんて関係ない。人として誰よりもカツラを愛している。
カツラが体ごと振り返り、いつも見慣れた笑顔をゼファーにむける。ゼファーは無意識にカツラの肩にかかる長い髪を両手で優しく払った。そして腰に手を回し男にしては細いウエストをしっかりと掴む。恋人のふりをして遊んでいるのだとカツラはまだ思っているようでゼファーが今からしようとしていることに気付いていない。
「ゼフ?」
「カツラ…」
「カツラッ!」
ゼファーがカツラの名を囁いたのと同時にタイガがカツラに声をかけた。
「タイガ?」
カツラの意識はすぐに声がしたほうに向いた。タイガがすぐそばまで来ていた。カツラは最高の微笑みを浮かべゼファーから一歩離れ、タイガのほうに歩みよった。
ゼファーがしようとしたことをタイガは見抜いていた。カツラだけが相変わらず気づいていない。ゼファーとタイガ、二人は黙って数秒睨み合っていた。
「俺、休憩するわ」
ゼファーが先に目を逸らす。ゼファーにはわかっていた。勝ち目のない戦いだと。どんなに気持ちを伝えても、カツラはタイガにぞっこんなのだ。タイガがカツラを変えた。ゼファーは一人ダンスフロアをあとにした。
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