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第245話 15-70
「タイガはすごく真面目ね。カツラとは正反対。だから惹かれたの?」
カツラがゼファーの自宅のバカみたいに広いキッチンの冷蔵庫から酒を見繕っていると、背後からシラーが声をかけてきた。振り向くとダリアも一緒だ。この二人が揃うと少々やっかいだ。
「数年見ないうちに一段と綺麗になったんじゃない?」
ダリアがじーっとカツラを見つめる。
「なんだよ?」
何か言いたげなダリアの目線に居心地が悪い。ほらきたとカツラは身構える。
「彼にたくさん抱かれているんでしょ?カツラ。その顔と体で男に抱かれてるってやばいわ」
「俺が抱かれてるって?決めつけんな」
シラーとダリアは顔を見合わせた。
「あのデカいのを抱いてるっていうの?ありえないっ!」
「ダリア。カツラの言うことなんてあてにならないわ」
「でもわたしの言う通りだったでしょ?カツラは生涯独身か、結婚するなら男だって!」
「なんだよ、それ?」
勝手に人のことをあれこれと噂していたのかと半ばあきれながらカツラは選んだ酒を手に席へ戻る。シラーとダリアもカツラの後についてくる。カツラはもともと自分がいた場所には戻らずにタイガがいる席に行く。
「ほらほら、散れ散れ。タイガは女がダメなんだからな」
カツラが手でしっしとそばにいるベロニカとデージーを払う。そしてタイガに優しく声をかけた。
「ハニー、無理してないか?」
カツラはさっきからタイガのことが気になって仕方がなかった。タイガの肩に手を置きこめかみにちゅっとキスをしながら労わる言葉をかけるカツラにその場にいるベロニカとデージー、後から付いてきたシラーとダリアも絶句した。
「大丈夫」
タイガが優しく答えると二人は微笑み合う。
「カツラ、どうしちゃったの?!」
ベロニカが素っとん狂な声をあげる。
「なにがあったの?!」
すこし遅れてダリアも後に続く。
「あらまぁ…」
デージーは手を口元にあて本当に驚いているようだ。
「え?」
女性陣たちが口々にする驚きの声にタイガが疑問に思い顔をキョロキョロとさせた。一瞬シラーの表情がひきつっているように思った。タイガが不思議に思っているとダリアが話し始める。
「カツラは交際関係が派手で…。付き合っている相手に自分からこんなことは…」
ダリアが言いながら助けを求めるようにベロニカを見る。
「そうだね。かなりね…」
ベロニカの後を彼女と目が合ったデージーが引き継ぐ。
「なんだか意外で…」
心なしか彼女たちの口が重い。
「そうそう。一日で別れたこともたくさんあったもんね!」
しかし、ケロッとした感じでシラーが言った。シラー以外の女性達はびくっとなる。そんなシラーにカツラが片眉を上げ視線をむけた。
「私がいい例」
「シラー…」
ダリアがシラーを気遣うように声をかけた。タイガの心拍が次第に早くなる。
「何年前の話よ?いちいち気になんてしていないわ。私の人生の中で唯一の汚点だけど」
シラーはワイングラスを手にとり一気に飲み干した。
「振られたことじゃなくて、カツラと付き合ったのが汚点って意味だから」
カツラと付き合った?!タイガのアンテナが即座に反応する。カツラを見るがカツラの表情は然程 変わらない。バトンはカツラに渡された。彼はなんと言い訳するのだろうか。
「仕方ないだろ。無理だったんだから」
さして悪びれることもなくしらっと言い放った。この言葉はこの場にいる女性全員を敵に回したことに間違いなかった。
「いいの、タイガ?こいつはこういうやつよ!?」
タイガの隣にいたベロニカがカツラに指を指し非難した。
「女の敵だわ」
デージーは目を細め信じられないという表情だ。かわいらしい彼女の雰囲気が一気に豹変した。
「早く本性見せた方がいいわよ?タイガもしっかり見極めて。別れるなら早いほうがいいし」
ダリアは当初からシラーの味方でタイガに別れを勧める。
「おいっ、余計なこと吹きこむな!タイガは特別なんだ。俺たちはもう夫婦だし」
「あらぁ。関係ないわよ?ラブラブで式をあげても憎しみ合って別れる夫婦は五万といるわ」
シラーはウェディングプランナーだと先程タイガは聞いていた。女性陣たちに追い詰められるカツラは新鮮で、タイガは口を挟むことなく黙って見ていた。過去になにがあろうが何を聞かされようが、タイガはカツラを離す気はないからだ。
「あ、そう。俺たちは違う」
カツラのほうが人のあしらい方は上手 なのか、この話は終わりとばかりに素っ気なく言い、手にした酒をグラスに注ぎ、何事もなかったかのように口に含んだ。
しかし、こういう類 において、女性たちの団結は強い。彼女たちの行動は早かった。
「じゃ、カツラ。あっち行こうか?」
ベロニカがカツラの腕をとる。
「は?なんだよ?」
「いいから、いいからっ。タイガもきっと気にいるから!」
デージーの「タイガもきっと気に入る」というフレーズにカツラの防御力が一瞬落ちる。
「え?」
その隙をついてベロニカとデージーがカツラを両脇で拘束した。
「ちょっ!」
カツラはベロニカとデージーに引きづられながらダイニングを後にする。シラーとダリアはいってらっしゃいとカツラを笑顔で見送る。カツラはいったいどこに連れて行かれたのか。残されたタイガはシラーとダリアに挟まれた。
「これで少しはゆっくり話せるわね。何か聞きたいこととかある?」
シラーが頬杖をつきタイガに尋ねた。女性らしい香水の香り。隣に座るシラーは間違いなく美女と言える。気さくで話しやすい。女性に苦手意識を持つタイガでさえ好感をもてる相手だ。
「カツラと付き合ってたって…」
タイガの口から出たのはやはりカツラに関することだった。
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