237 / 312

第246話 15-71

タイガはカツラの元彼女と会うのは二度目だ。一度目は店に来た女性。二人の女性は雰囲気が全く違う。カツラは来るもの拒まぬとは言っていたが。シラーに関しては一日で別れたとか。タイガはすぐ顔に出る。あれこれと考えを巡らせたため難しい顔をしていたのだろう。シラーがタイガの気持ちを言い当てる。 「やっぱり気になる?」 「それはまぁ…」 「学園祭の実行委員で意気投合したんだっけ?」 ダリアが二人がつき合うことになった経緯(いきさつ)をシラーに振った。 「そうそう。もともとああいう派手なタイプは苦手なんだ。でも話してみると感じよくて」 シラーは当時を思い出したのか遠い目をして軽く微笑みながら昔話を始めた。   ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― シラーは毎年高等部でミスビューティーに選ばれる程の美貌の持ち主だ。そのため彼女にいいよる男子は多かった。しかしシラーの心を揺さぶるほど魅力的な男子はいなかった。外見では目立つシラーはさして浮いた話もなく平穏な日々をすごしていた。 最終学年の年、シラーは初めて校内でもっぱら噂になっている男子と同じクラスになった。彼を目にしたときにはとても驚いた。ほんとうに男性なのかと疑ったほどだ。彼の女性とは異なる高い身長と少し広い肩幅、低い声を聞かなければ男性なのだと確信がもてなかっただろう。 そんな彼の周りには男女関わらずいつも誰かがいた。しかし、耳にした噂のせいかシラーが彼にそれ以上興味を抱くことはなかった。 シラーはその年、学園祭実行委員になった。 初回の実行委員の会合が行われる教室に着いたシラーは授業で出た課題をこなしていた。 数人、また数人が教室に集まりだす。実行委員はクラスから二人選出される。他のクラスの者たちは委員同士二人一組で行動し、出し物は何がいいか仲良く相談しているようだ。しかし、シラーは自分の相棒と特に仲良くする気はなかったので、相変わらず課題を黙々とこなし続けていた。 数分すると自分の周りが騒がしくなったような気がした。シラーの後ろの席に女子生徒が集まっているのか、甲高い声が耳に入る。うるさいなと思いながらもシラーはなおさら課題に集中する。数分そんな状態が続いた。 「君?同じクラスだよな?」 すると、背後からちょんちょんと肩を叩かれ声をかけられた。振り向くとそこにはあの噂の男子がいた。 「今日は何をする集まりなんだ?」 シラーは混乱していた。実行委員の相棒は彼ではなかったはずだ。 それにしても本当に綺麗な顔立ちをしている。肌なんて嫉妬するぐらい澄んでいる。初めて間近で見る彼の美貌にシラーは圧倒されていた。 手にした実行委員の資料を彼は気だるそうにパラパラとめくっている。些細な動作だが映画のワンシーンのように彼の周りだけ音が消えてしまった。 伏せられた長いまつ毛は露を含んだように艶があり、目の下に影を落としている。上瞼の二重の曲線は絶妙なバランスで描かれ、壊れそうな繊細な美しさを宿す。顔の中心線に真っ直ぐと降りた鼻筋は嫌味のない程度に先が尖り、すぐ下には口角が僅かに上った膨らみはあるが、小さい熟れた果実のような紅い唇。そして僅かに除く白い額にかかる髪は無造作でありながらも、一本一本丁寧に描かれた水墨画の線のように優美な雰囲気を醸し出している。思わず細い髪に手が伸びそうになってしまう。ずっと眺めていたいような、神が作った一種の芸術作品のような彼の姿に数秒だがシラーは言葉を奪われていた。 降り注ぐ視線にようやく彼は気付き顔をあげた。 「なに?」 いきなり視線を向けられシラーは盗み見していたことがばれたのではと心臓が止まりそうな程動揺してしまう。 「あ…違う人だったと思うんだけど?」 喉がカラカラになりながらもなんとか言葉を発する。 「ああ、それね。変わったんだ」 「変わった?」 「そう」 彼はたいした説明もなくあっけらかんと言った。シラーが相方が代わった理由を聞こうとした所で実行委員の委員長が呼びかけ、議題に入った。そしてシラーと彼のやり取りを遠巻きに見ていた数人の女子生徒たちが自分たちの席にさっと戻っていった。 シラーは当初この噂の男子、カツラとうまくやっていけるか不安だった。まず外見が完璧すぎて同じ人間とは思えない。気を使いすぎてつらくならないかと心配だった。しかしカツラは要領が良く気配りもでき、一緒にいてつらいと思うことは一度としてなかった。むしろその逆だった。シラーは何故カツラがみんなに好かれるのかわかったような気がした。そしていつのまにか自分もカツラに惹かれていた。 「シラー。カツラと委員一緒でしょ?どんな感じ?」 実行委員の集まりを重ねるにつれ、噂好きのダリアがとうとうシラーに尋ねた。仲間内でこれまでカツラに対してクローズアップして語ることはなかった。しかしシラーとカツラが実行委員をすることになり、シラーと共に過ごすことの多い友人たちは少なからずもカツラと接点を持つことになった。中でもダリアはカツラの熱烈なファンの一人だ。ダリア曰く、あくまでファンで恋人になりたいなどという感情はないとのことだ。その容姿からカツラは噂に上がることが多く、ゴシップに目がないダリアがカツラに興味を抱くのは自然なことだった。 「どんなって?」 ダリアは仲の良い友人の一人だが、シラーはカツラとのことをゴシップの一つにはしたくなかった。慎重にとぼけるように返事をする。 「カツラがシラーを放っておくとは思えないんだよね」 「え?」 ダリアの言葉にシラーは僅かに心が浮足立つ。 「カツラ、彼女と別れたらしいじゃない?」 デージーがカツラの近況を話す。カツラがフリーだとは思っていなかったがシラーは心が軽くなるような気がした。 「別れた子、やな奴だったからせいせいしたわ。シラーならカツラともお似合いよ?」 ダリアがあけすけに言う。言われたシラーも悪い気はしない。 「なによそれ?」 「みんな噂してるよ?カツラがフリーになったからD組の子が告ったけど、呆気なく玉砕したって」 ベロニカが内緒話をするように小さな声で報告する。 「もしかしてあの子?」 デージーは知っているのかベロニカに確認する。 「安心したわ。一応女見る目はあるじゃん」 ダリアも目星がついているのか一安心と言ってますますシラーにカツラを勧める。三人はシラーの気持ちは考えずにここ最近のカツラの女性関係について噂し始めた。いったいどこから話を仕入れてくるのか。 高等部になりシラーに告白した男子は数人いたが、誰にも心を動かされることはなかった。シラーがカツラに対して今まで接してきた男子と違う感情が芽生えたのは事実だ。カツラが自分に笑顔を向けてくれるだけでとても幸せな気持ちになる。一緒にいて楽しくて仕方がない。でもだからと言ってシラーはすぐに行動に出ようとは思わなかった。カツラに群がる頬を染めた女子生徒たちを思い出す。自分は彼女たちとは違う。シラーはその後もカツラに対して慎重な距離をとり続けた。

ともだちにシェアしよう!