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第249話 15-74
「化けたな、カツラ。びっくりしたわ」
今だに信じられないという目でカツラを凝視したままフェンネルが言う。
「カツラ…?なのか?」
ニゲラは生唾をごくりと飲み込み固まってしまった。
「声聞こえたろ?」
カツラの女装姿を既に見ているゼファーはみんなの反応を面白がっているようだ。今回初めてカツラの女装姿を見たニゲラとフェンネルはかなりの衝撃をうけたことは間違いない。普段目にすることがないメイクをしたカツラは何も知らなければ全くの別人に見える。ただただ絶世の美女なのだ。タイガといたシラーとダリアはそばでカツラを見て言葉を失っていた。
「カツラ、あんたなんで男に生まれたの?」
その場にいたタイガ以外の全員が思ったであろう言葉をダリアがボソリと言いはなつ。言われたカツラは化粧で美しく整えられた眉を片方上げ怪訝な表情をした。
「驚いた。メイクはベロニカが?」
シラーの問いかけに答えるようにベロニカがピースをした。ベロニカは美容師だとタイガは聞いていた。メイクもプロ級に上手いようだ。
今日のカツラのメイクはこの間とは異なりしっかりとアイラインを引いている。絶妙なバランスで彩られたアイシャドウが美しい形の瞳をなおさら引き立てていた。しかもまつ毛もマスカラをしているのか、強烈な印象を放っている。
「やり甲斐があったわぁ。こんなに化粧映えするんだもん」
カツラの女装姿を完成させたベロニカは自信作のように満足げだ。
「カツラも楽しいでしょ?綺麗になることはワクワクしない?」
手伝ったデージーも楽しそうだ。
「俺は別に女装が趣味じゃない。お前らが勝手に盛り上がってやっただけだろ。しかし、こんなものがなんでゼファーの家にあるんだ?」
カツラが身に着けたドレスの裾を掴み上げて尋ねた。
「私ね、ウェディングプランナーなの。そこで使う衣装よ。ちょうど今日入荷して」
シラーがカツラに経緯を説明する。
「ヘザーから聞いたよ?この間、ヘザーを助けるために女装したんでしょ?ゼファーに聞いたらちょうど今日ウィッグと衣装を預かるって聞いたからさ」
ベロニカも答える。
「だからってなんで…?」
余計なことを言いやがってと言いたげにカツラがゼファーを一瞥してなおも尋ねる。
「お陰でモデルのイメージが湧いたわ。後で写真撮らせてね」
シラーは過去の恨みをはらすかのようにここぞとばかりにカツラに畳みかける。
「は?俺をモデル代わりに使ったのか?」
「タイガと撮ればいいじゃない?ね、タイガ?」
ダリアがタイガに話を振る。
「え?あ、うん…」
急に話を振られたタイガはあたふたするが、カツラとのツーショットを断る理由はない。タイガの返事にカツラは再び黙った。
女性陣たちはゼファーから前もって聞いていた。カツラは伴侶であるタイガにベタ惚れだと。あのカツラがまさかと最初は半信半疑だったが、今日のカツラの行動はすべてタイガ中心だ。タイガを頷かせればカツラもうなずくと女性陣たちはするどい感で確信していた。
「さ、さ、飲み直そう!」
再び全員そろったのだからとダリアが音頭をとった。それぞれのグラスにワインが注がれる。今度は別れることなくみんなで飲む。
カツラはしっかりとタイガの横に座り手をタイガの腿の上に置く。
「ニゲラ、見過ぎだ」
カツラから今だに視線を離せないニゲラにフェンネルがくっくっくと笑いながら言った。フェンネルの言葉を引き継ぐようにデージーがニゲラに対して爆弾発言をする。
「ニゲラはカツラのことがずっと好きだったでしょ?」
「俺は!」
突然昔の恋を暴露されニゲラは顔を真っ赤に染めて言葉を放つが後が続かない。
「小学校から一緒の子はみんな気づいてるよ?気づいていないのは本人だけ」
そう言ってデージーはカツラに大きな瞳をむけた。ここにいるカツラ、ゼファー、ニゲラ、デージーは小学校からの幼馴染だ。
「マジか?!」
たった今知ったカツラがつぶやいた。その目はニゲラにむけられている。ニゲラは顔を真っ赤にしたままうつむいてしまった。
「よく嫌がらせされたでしょ?絵が下手くそだとか」
デージーが心当たりがあるだろうとカツラに当時を思い出させる。
「好きな子をいじめちゃうっていうあれね?」
ダリアがニゲラの胸中をズバリ言い当てる。タイガは今の会話を聞き、ニゲラに警戒心を抱いた。そんなタイガの気持ちに気づいたのかゼファーが会話に入る。
「ニゲラはもう結婚して二人の子供もパパだもんな。昔が懐かしいわ」
ゼファーに助けられ、ニゲラはようやくこの話題から解放された。ニゲラは一息つくように目の前にある酒を一気に飲み干した。
「カツラの女装といえば、私たち大変な目にあったよね?」
今日の場の主役であるカツラに関する話題は尽きないのか、ベロニカが新たな話を始める。
「あった、あった!」
ダリアもすぐに思い当たったのか興奮気味で同意する。その様子からかなりのことがあったようだ。
「そういや、D組のやつらともめてたな?それか?」
「さすがフェンネルね!気づいてたんだ?」
ダリアがフェンネルの洞察力を褒める。
「なんとなくな」
「なんのことだ?」
ゼファーも知らないことのようだ。カツラも含め、男性陣たちはフェンネル以外キョトンとしている。タイガはもちろんわからない。女性陣たちは顔を見合わせて話し始めた。
「誰も女装したカツラを見抜けなかったでしょ?」
シラーが女性陣を代表して話し始めた。どうやら学園祭の話のようだ。アルバムで見た高等部のカツラは今よりも中性度が高かった。女装したならば男性だと見抜くのは声を聞かない限り難しいだろう。
「男子はほぼやられていたよな。あれは最高にうけた」
ゼファーがシラーの言葉を裏付ける。カツラの女装を知っているクラスの者同士で驚く他クラスの者たちの反応を楽しんだようだ。
「俺なんかよそのクラスのやつらに連絡先聞かれたぐらいだ。セクシーなブロンド女のことを教えろって」
「俺も」
カツラはそんな事実は知らなかったらしく片眉をあげ当時の裏事情を薄情したフェンネルとニゲラを見た。
「あんたたちはいいわよ。同じ男が騙されて面白がってたんでしょ?女はやっかいよ。D組の…、ほら、なんていったかな?あの子…」
ダリアが男達の幼稚さを羨むように当時のことを思い出す。
「えっと...。マロウじゃない?」
シラーが眉間にしわを寄せ何とか該当する名前を思い出す。
「そうだ!マロウよ。バスケ部でキャプテンやってた子!」
名前が出ると瞬間その人物の詳細を思い出したようだ。ベロニカも咄嗟にマロウの情報を伝える。
「そいつがどうしたんだ?」
女装と女子生徒のマロウが結びつかず男達はぽかんとしている。ゼファーが話の先を促した。
「その子の彼が女装したカツラに惚れちゃったのよ。しかも別の学校だからカツラのこと知らなくて。あの後も一人でのめりこんじゃったらしくて。結局そのことが原因で別れたらしいの。で、マロウは私たちに逆恨み」
ダリアはいい迷惑だと言いたげだ。
「やばいな。どうして恨まれるんだ?」
鋭そうなフェンネルもこういうことには疎いらしい。
「こうなるリスクを考えなかったのかって。D組はバスケ部が多かったからつるんで嫌がらせされたんだよ」
ベロニカが首を振りながらその時のことを伝える。
「あることないこと噂流されたよね。移動教室のときも違う場所聞かされたし。みんなで先生に叱られたじゃない」
シラーの話にダリア、ベロニカ、デージーはそうだそうだと頷き、こんなこともあったと話題が尽きない。笑いを交えながら話が盛り上がる。
「おっかねぇな、女って」
知らないところでそんなことがあったのかとゼファーがぼそりと呟いた。女性に苦手意識があるタイガはやはり女は怖いと思ってしまった。
「ねえ、カツラ。あんた色目使ったでしょ?」
この話が始まってからカツラは自分は関係ないと蚊帳の外を決め込んでいた。時々タイガに微笑みながら視線を送りタイガと自分だけの世界に浸っていた。そんなカツラの態度に女性陣たちが気づかないはずがなく、ダリアがするどく指摘した。
「え?」
急に話を振られカツラはなんのことだとキョトンとしていた。
「マロウの彼がブロンドの美女に手を握られて微笑まれたって。覚えてる?」
逆恨みの根源はお前だというふうにベロニカがカツラに問いただす。
「そんなことイチイチ覚えてるわけないだろ。俺は嫌だと言ったのに無理やり女装させたんだろうが」
男性陣たちは覚えていた。カツラは最初は嫌だと騒いでいたが、あまりにみんな騙されるので途中から面白がって本物の女性のように振る舞っていたことを。もちろん自分を同性の男だと見抜けない男に気をもたせるような仕草をしながら。男性陣は特に誰も何も言わずにグラスに口をつける。
「ま、今となってはいい思い出だろ?」
ゼファーはそれでもカツラがいたことであの時も楽しかったと胸を張って言い切れる。それはこの場にいる全員も同じように思っているはずだと確信があった。
「まぁね。カツラがいたから退屈しなかったわ。あんた強烈だもん」
「確かに」
ベロニカの言葉に女性陣達みんなが納得する。なんだかんだ言いながら、楽しいクラスだったようだ。タイガはずっと男子校だったのでこういうノリはなかった。カツラの高等部の頃の話を聞き、自分も久しぶりに学生時代の友人に連絡してみようかと考えていた。
その時、裏口のドアが開いた。
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