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第250話 15-75
「ただいまぁ。楽しんでるみたいね」
朗らかな明るい声。リリーが用事から帰ってきたみたいだ。リリーはそそくさとみんなが集まるダイニングに移動し、笑顔で馴染みの顔を見渡す。リリーの視線はすぐにカツラで止まった。長年の付き合いにもかかわらずカツラだとわかっていないのか、リリーはとても驚いた表情を浮かべ嬉しそうにカツラのそばまでくる。
「こんにちは。あなたとっても美人さんね。うちの息子とどう?かなりオスメスよ?」
リリーはカツラに話しかけ、となりに腰掛けていたゼファーの肩を押し、自分の息子を推した。
「母さん…」
ゼファーはやめてくれと頭に手を置いた。タイガ以外他の者は思いがけないこの状況にみな笑いを我慢している。
リリーの言葉を受け、カツラはゼファーの手に自分の手を重ねにっこりと微笑む。例のごとく、からかっているのだ。ゼファーはカツラのたくらみに気付きカツラを睨みつける。リリーは静かな二人のやりとりには気づいていない。
「すごくお似合い!!ね?タイガくん?」
カツラとゼファーは幼馴染だ。どこかしら似通った空気感があるのだろう。しかも今のカツラは絶世の美女だ。リリーはようやく息子の花嫁候補を見つけたと満面の笑みを受かべ、カツラのすぐとなりにいるタイガに同意を求めた。
タイガは気に入らなかった。カツラは悪ノリすることがあるのか。今自分がここにいるのに、こんなことをするなんて。嫉妬深いタイガが平常心でいられるはずがなかった。
しかし、カツラの同級生の手前、タイガは態度には出さずに目があったリリーにも一瞬の間はあったものの不快な気持ちを悟られないように愛想笑いを返した。
リリーはタイガの態度に一瞬違和感を感じたように思ったが、タイガの笑顔に気のせいかと特に気に留めることもなくカツラとゼファーに話し続ける。
「ほら、ゼフ立って。彼女にちゃんと申し込みなさい」
リリーはは嫌がるゼファーを無理やり立たせる。
「ほら、あなたも立って」
ゼファーをからかっているカツラは言われるまま素直に立ち上がる。ヒールを履いたカツラの身長はゼファーより10㎝ほど高い。手足が長くほっそりとした美人に化けているカツラを見てリリーは再び感嘆の声をあげた。
「まぁ、スタイル抜群ね。でも今は女性のほうが背が高くても周りは気にしないわ」
カツラは軽く笑みを浮かべリリーをじっと見下ろすが、彼女はまだ気づかない。
「おい。いつまですんだよ?」
ゼファーは笑いの的にされているのはまっぴらとばかりに言い放った。
「ゼファー、ちゃんと告れよ?」
「お前な!」
ゼファーが煽るフェンネルを睨みつっこむ。
視線を戻すと先ほどまでカツラで見えなかったタイガが視界に入った。タイガ以外はことの成り行きを面白がって見ているが、タイガは無言で酒をチビチビと飲んでいる。カツラは背後にいるタイガの様子に全く気づいていないようで、ゼファーの両手を掴んだ。こいつ、また酔ってるのか?とゼファーはカツラの顔をマジマジと見つめる。このままでは間違いなくカツラはまた泣きを見ることになる。自業自得とはいえタイガと喧嘩になる可能性はおおいにある。先日メンタルがボロボロにやられたカツラを見たばかりだ。ゼファーはカツラのあんな姿はもう見たくなかった。
「いいのかよ?」
カツラがゼファーの言葉に片眉をあげる。なんのことを言っているのかまだわかっていないカツラにゼファーが顎をしゃくった。後のやつを見ろと。その瞬間カツラの瞳が大きく見開かれ、さっと後を振り向く。
タイガは相変わらずグラスに視線を落とし酒を飲んでいた。彼の表情は暗い。カツラはゼファーから手をぱっと離しタイガに抱きついた。
一瞬の静寂。驚きと戸惑いの重い空気が流れる。
「ゼファー、振られたな」
カツラのとった行動に一緒その場が固まったが、フェンネルのナイスフォローでみな口々にゼファーに「残念だったね」とか「やっぱり無理か」などの慰めの言葉をかける。
ことの顛末にリリーだけ、わけがわからないままキョトンとした表情で突っ立っていた。
「母さん、まだ気づかないのかよ?」
「え?」
呆然とするリリーにゼファーがヒントを教える。
「一人、いないやつがいるだろ?今日の主役」
「え?...えええー!」
リリーはようやく気づいたようだ。
「カツラ...なの?」
本当にカツラなのかと確認するように一層食い入るようにカツラの方を見る。カツラはタイガに腕を絡めたまま振り返り微笑んだ。
「おばさん。鈍すぎるって」
リリーはカツラの低い声を聞き、やっと納得したようだ。
「驚いた」
リリーは胸に手を当て心底驚いたというふうに言った。その見た目と声とのギャップに今だなじめないようだ。
「カツラ。あんたなんで男に生まれちゃったの?」
この言葉を聞くのは今日は二度目だ。みないっせいにふきだした。言われたカツラだけ、眉間に皺を寄せた。
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