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第253話 15-78
ソロは気付かれないようにこっそりと外にでた。ゼファーもソロに続く。戻ってきたソロの手には大きな四角い黒い布の包みものがある。ソロに気づいたデージーがダイニングテーブルを綺麗に片付けカツラとタイガに声をかけた。
「カツラ、タイガ。ちょっといい?」
「ん?なに?」
カツラはキョトンとし、タイガを呼び二人でデージーのもとにきた。
「ソロさん」
デージーに促されソロが二人の元に手にした物を持ってきた。タイガとカツラは何事かとお互い顔を見合わせる。ソロは柔らかな笑顔を湛えダイニングテーブルに包まれたものを置き、そっと布をとった。
カツラとタイガ、二人は一緒に息を飲んだ。それは大きなキャンバスだった。カツラを背後から抱きしめるタイガ。バックにはソロの自宅の柊が美しい赤い実をつけている。愛し合う二人が優しく微笑み、見ている側まで幸せになるような絵だ。
「これ…ソロが?」
「急いで描きあげたから少し雑になってしまったが」
「そんな。とても素敵です」
タイガは感動していた。ソロの目にはカツラと自分はこのように映っているのだ。その絵にはソロが心から二人を祝福していることが表れていた。
「ソロさん、ほぼ毎日描いてたんだからね」
食い入るように絵を見つめる二人にデージーが囁いた。
「え?」
ここに来てからソロがアトリエに籠ることはたまにあったが毎日ではなかったはずだ。カツラが記憶をたどる。
「自宅じゃばれるかもしれないから、デージーの家で描いてたんだよ」
わかってないなというふうにベロニカが口添えた。たしかにソロはちょくちょく外出していた。
「じゃぁ出かけていたのは…。もしかして今日も?」
「絵を描き上げるためよ」
その通りとシラーが言う。カツラは不意に目頭が熱くなった。
「ソロ…」
「辛気臭いのはよしてくれ。とにかく間に合ってよかった」
こういうことが得意でないソロは微笑み、再び絵を布に包みタイガに渡した。
「ありがとうございます」
タイガはソロからしっかりとキャンバスを受け取る。ずっしりとした重みに身が引き締まった。ソロだけでなくみんなの思いが詰まっているキャンバス。カツラを託されたのだと実感する。
「カツラを頼むぞ」
ソロは視線をしっかりとタイガに向けタイガにだけ聞こえる声でそう言った。
「もちろんです」
「お待たせー」
頃合いを見計らったようにゼファーが戻ってきた。彼の手にはたくさんの色とりどりの花々の大きな花束があった。あまりにも大きすぎてゼファーの顔が見えないぐらいだ。
「どうしたんだ?」
今度はいったい何だとカツラがゼファーを見る。
「お祝いといえば、やっぱり花束でしょ?明日帰るけど、どうしても渡したくて」
ゼファーの隣に移動しながらダリアが説明する。
「花はドライフラワーにして絵と一緒に送るからね」
花束を無駄にはしないからとデージーが補足する。
「ほらっ、カツラ」
ゼファーがカツラに花束を手渡す。途端に花々が織り出す華やかな匂いに包まれる。
「ありがとう、みんな。すごく…、すごくいい匂いだ」
心温まるサプライズの連続にカツラは目を潤ませ礼を述べた。
「カツラ…。泣いているのか?」
幼い時から飄々としていて、あまり喜怒哀楽を曝け出すことがなかったカツラ。カツラが涙を見せたことは一度としてなったのだ。そんなカツラの新たな一面を目にしてニゲラが確認するように尋ねた。
「カツラ、変わったな。サイボーグから人間に」
今日再会したカツラは今まで知っていたカツラとはずいぶん違う。もうすっかりそのことを受け入れているフェンネルは遠慮なく毒舌を吐く。
「なんだと?」
涙腺が緩んでいたカツラがフェンネルの言葉に眉間に皺を寄せ彼を睨みつけた。
「カツラ、いいことじゃない。おめでとう」
ダリアの言葉をきっかけに口々にみんなが祝福の言葉をかける。一区切りついたところでカツラは花束をタイガに手渡し軽く深呼吸をした。
「えと…。みんな、本当にありがとう」
カツラは胸の前で手を組みながら1人1人に視線を配る。今のこの気持ちをしっかり伝えるように。
「自分が結婚できるなんて思っていなかった。知っての通り、俺はその…。何かと問題があったから。でも...。タイガに出会って俺は変わった。自分でもわかるぐらいに」
カツラはゆっくりと言葉を選びながら話す。タイガと出会ってから今日までのことを思い出していた。
「人を愛する気持ちがどういうことなのか。タイガが教えてくれた」
カツラは愛しい目でタイガを見た。タイガも応えるように優しく微笑み頷いた。
「俺は…。ひどかったよな、本当に」
カツラは当時を思い出したのか視線を下に向け自嘲気味に微笑む。そしてある人物に視線を向ける。
「シラー...。悪かった」
カツラはシラーにしっかりと視線を止め頭をさげた。シラーは突然の謝罪に両手を口に当てた。まさか当時のことを謝られるとは思っていなかった。
「カツラ…」
シラーだけでなく、その場にいた全員が意表を突かれていた。まさかあのカツラが謝罪するとはだれも思わなかった。
「フェンネルが言ったのもあながち間違いじゃない。俺はタイガに出会って人間らしくなれた。幸せになるよ。タイガと一緒に」
最後は最高の笑顔で締めくくる。涙を含んだ翠の瞳はキラキラと輝き、宿した笑顔も相まってとても美しい。自分が求め愛する者といられて幸せなのだとみんなに伝わった。
「カツラ、幸せになれっ!」
フェンネルが指笛と共に囃し立てた。
「式には絶対行くからっ!なんならまたメイクしてあげるし」
「おめでとう」
ニゲラは簡潔に述べる。
「カツラ。絶対幸せにならないと許さないからっ!」
謝罪を受けたシラーまで涙目で祝いの言葉をかける。
「おめでとう」
「よかった、よかった!」
デージーとダリアは二人で肩を組んでカツラに声をかける。
「カツラ、タイガ。喧嘩ばっかすんなよ」
二人の愛の営みからいさかいを含め今日まで一番そばで見てきたゼファーが最後に締めくくる。みんなの言葉にカツラが満面の笑みを浮かべた。我慢していた涙が頬を流れる。タイガはカツラの肩を抱き寄せ髪にキスをする。
「幸せになろう」
「タイガ」
見つめ合う二人。祝福を受け新たな一歩を今共に踏み出したのだと胸に刻む。カツラはタイガにもたれうなづく。
「うん」
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