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第261話 16-1
今日からまた日常に戻る。
タイガと二人で故郷に帰省した日々は有意義だった。ソロや親しい友人にタイガを紹介し、事後になってしまったとはいえ正式にパートナーと認められた。
後は式を行うだけ。タイガの父に会って...。
「ふぅ...」
洗面所で身支度をしながらカツラは息を整えた。
自分にはまだ大きな課題が残っている。タイガの叔父には婚姻の了解をもらい既に既婚者の身であるが、肝心のタイガの父親とはまだ会っていない。タイガと叔父によると、父親はタイガのことをよく理解しているとのことだ。気さくな人柄のためすぐに打ち解けるだろうと伝えられたが。
カツラは髪を手で整える。
急いでソロのもとに帰省したため、カツラの髪は普段よりかなり伸びていた。前髪は耳にかかるほどだ。いつもはラフにしている前髪は今ではセンター分けにしている。でないとうっとおしくて前が見えない。いい加減髪を切りに行きたいが、長期休暇を取ったためしばらくは働きづめだ。
「んー...」
自分の顔をマジマジと見つめる。髪はすっかり伸びてしまい多少印象が変わってしまったが特に不潔な感じはしない。
「ま、いいか」
カツラは気持ちを切り替え急ぎ店に向かった。
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「おはよっ」
「おはよう...ございま...す」
カツラは今日は遅番だが、久々の出勤のため早出をした。そのせいなのかウィローがカツラを見て時間が止まってしまった。
「どうした?」
食い入るような視線に、カツラがウィローに尋ねた。
「あっ、いえ...。早いんですね」
ウィロ-は何故かおろおろしている。
「長いことすまなかったな。変わりはないか?」
「はい、特には。カツラさんはゆっくりできましたか?」
「うん」
カツラはウィローと話しながら店内へと向かった。
休んでいたのは10日ほどだがとても懐かしいと思ってしまう。まるで第二の我が家だ。こうして店にいるとほっとする。厨房を抜けると今日は早い時間から店長もいるようだ。
「おはよう。長い間休ませてもらって。ありがとう」
カツラの声に気付きカウンターにいた店長、ホリー、早番のバイト達が一斉に振り向く。一同カツラを見たまま静止する。店長が老眼鏡をずらしマジマジとカツラの顔を確認しだした。
「カツラ...か?」
「はあ?なに言ってんだよ?まさか嫌味を言われるなんて」
カツラがみんなの態度に不満を垂らすと慌てて店長が訂正する。
「いやいや。ぱっと見わからなくてな。カツラ、何か変わったか?」
「は?」
「カツラ...。髪が伸びたのよ。それで...」
なにをわけのわからないことをと訝しむカツラにホリーが指摘する。カツラを見慣れている者でさえ意表を突かれるほど、彼の雰囲気は伸びた髪のせいで大いに変わっていた。しいて言えば美形度が爆上がりしているのだ。
「え?」
肝心の本人はそんな変化に無頓着で全く気付いていない。ただ髪が伸びただけではないかと思っているようだ。
「確かにそうだな。おまえにはいつも驚かされる。伸ばすことにしたのか?」
「まさか。切りにいく暇がないだけだ。別におかしくないだろ?」
手を髪に当てくしゃっとさせる。それだけでもかなり魅力的だ。長めのサラ髪がサラサラと空気に揺れ美しい顔をより色っぽく見せた。前髪を耳にかけたせいで黄金率でカーブを描く額が際立ち、均整の取れた目鼻立ち、長い睫毛を顕わにしたその顔は見る者を釘付けにした。
「カツラ...。今日は厨房にいた方がいいんじゃない?」
「俺は今日はカウンターだよ」
カツラはホリーがなぜそんな提案をしたのか気にすることもなく、さっさと仕事に取りかかり始めた。
最近入ったバイトの女子はぽーっとカツラに視線を向けたままだ。ホリーは軽くため息をつき、彼女に声をかけ持ち場に着いた。
平日だったがその日も店は繁盛した。
カツラの姿を見ておなじみの常連たちはこのあと呑みに行かないかとカツラに声をかけてきた。カツラはなびかないと知っている彼らがなぜ今さらそんなことをするのかと疑問に思いながらも、カツラはいつもの常套句でやんわりと断る。
珍しく奥の席に着けた新規の客はカツラを口説くことまではしないが、頬を染めあれこれとカツラに話しかけていた。カツラはいつもと変わらぬ対応をする。周りの視線の多少の変化など気に掛けることもなく、カツラは久しぶりの仕事を楽しんでいた。
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