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第263話 16-3

自分はいったい何をしているのか。いくら体調がすぐれないからとはいえあり得ない。最悪だとホリーは一人スタッフルームで横になりながら先ほどまでの出来事を思い返しずっと自己嫌悪に陥っていた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― カツラにひょいと抱きあげられたホリーは不思議な気持ちになっていた。心地よく懐かしい匂いに包まれて。 スタッフルームに着くとカツラはソファにホリーをそっと寝かせた。まるで繊細なものが決して壊れないように優しく。女性の扱いになれているのかカツラの行動には無駄がない。そのままスタッフ共用のひざ掛けをホリーにかける。ホリーは安心しきってそのまま瞼を閉じていた。 「大丈夫か?体調悪いなら無理するなよ。今日は平日だし帰ってもいいんじゃないか?」 カツラの言葉にホリーはようやく瞼をあげた。 目の前にはソファーの前にしゃがみこみ、心配そうにホリーの顔を覗くカツラがいた。よく知っている顔だが、髪が伸びたせいでいつもとは異なる雰囲気を醸し出している。初対面でもないのにホリーは何故かカツラから目が離せなかった。カツラの瞳を見ていると不思議な気持ちになってくる。 「どうした?」 自分の目を覗き込むホリーにカツラが不意に尋ねた。 「カツラ」 ホリーは無意識にカツラの手を取っていた。カツラの手はいつもひんやりとしている。ホリーが手を握るとカツラも握り返した。熱をもったホリーの手と冷たいカツラの手。重ねた手から二人の体温が混ざり合う。 「なにかあったのか?」 そんなつもりはないのにホリーの目から涙が流れた。 カツラは一瞬驚いたように目を見開いたが、優しく微笑み握っている手と逆の手でホリーの涙をぬぐう。 いつもは憎まれ口を聞き合っている二人だが、心の奥底では相手を尊敬し労り合っている。ふとした時に今回のようにその思いが素直に現れるときがある。特に各々がそのことに関して意識したことはないが。しかし今日のホリーにこの無意識の思いやりはこたえた。ホリーはカツラのその手を取り瞼を閉じた。 「ごめん、わたし...」 「疲れているんじゃないか?顔色良くないぞ?俺が復帰したんだから休んでも平気だ。」 ホリーは再び瞼をあげた。目の前にはとても美しい男がいる。彼の人間性も知っている。仕事熱心で楽しい人。そして...本当はとても優しい。ホリーの心にもう一人の自分が囁く。自分は選択を間違ったのだろうか?ホリーはカツラと初めて出会ったときのことを思い出していた。あの時あのまま結ばれていたらわたし達はどうなっていたんだろう? 体調不良と彼への不満のせいかホリーは今まで考えたことのないことを考えていた。カツラとの未来など頭をかすめたことなどなかったのに。 「ま、ゆっくり休んでろ」 カツラが立ちあがりかけたとき、ホリーはカツラに抱きついていた。自分でも何をしているのかわからない。ただ、もう少しそばにいてほしかった。 「ホリー?」 体のこわばりから、カツラが困っているのが分かる。恐らく以前のカツラならこんなふうにはならなかっただろう。 タイガと出会い、カツラは変わった。ホリーは自分一人だけが置いて行かれたような寂しい気持ちになった。 「置いて行かないで」 ホリーの言葉に驚いたようにカツラが自分に回されたホリーの手をほどき、顔を覗く。 「ホリー、よっぽど弱っているな。俺にそんな言葉かけるなんて」 冗談めかしてこの場を収めようとするカツラを見つめる。優しく微笑むとても美しい男。人生のどん底にいたとき、救い出してくれた。わたしの大切な人。ホリーは微熱と精神的な疲れで頭がクラクラしてきた。まるで初めてカツラと出会ったときにタイムスリップしてしまったような感覚に陥る。心の声が囁く。彼はわたしの御使いじゃないの?その瞬間に、ホリーはカツラに近づき彼に唇を重ねていた。遠慮がちに舌を絡める。もう何年も前に味わった唇だ。全く嫌ではなかった。しかし...。カツラからのキスの返しはなかった。ホリーからの絡みが終わるまで、カツラは舌も唇も動かしてはいない。そのことに気付いた時、ホリーはようやくはっとし我にかえった。 ぱっとカツラから体ごと唇を離す。カツラは怒るでもなくホリーを優しく見つめていた。

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