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第264話 16-4
「ごめん!ごめんなさいっ!わたし...」
ホリーは涙を流しながらカツラにキスしたことを謝った。
「別に嫌じゃないよ。ホリーとはもうやっているしな」
カツラはホリーを傷つけないためか軽く笑い、立ち上がり話し始めた。ここぞというときにカツラはいつも優しい。長年の付き合いでそれはよく知っている。出会ってから職場の仲間、また友人として割り切ったつき合いをしてきた。それがお互いに心地よい関係であったからだ。それなのに自ら壊してしまったとホリーは深く後悔した。言葉が出ない。そんなホリーの気持ちを気遣ってか、カツラはあっけらかんと話し続けた。
「ホリーはかわいいって言ったろ?そんな女性にキスをされて嫌なことはない」
初めて共に朝を迎えた日にカツラが言った言葉だ。ホリーと同じくカツラも二人の出会いを鮮明に覚えているのだ。少し恥ずかしいが懐かしい。ホリーにとっても決して嫌な思い出ではない。
「ただ、俺は結婚しているから」
カツラはスタッフルームにある冷蔵庫からオレンジジュースを持ってきてホリーのそばに置いた。出会った頃のように今ホリーがまた最悪の状態であることをわかっているのか、カツラはホリーのしたことを責めずに淡々と気持ちを伝えた。
「わたし、どうかしてた」
徐々に冷静さを取り戻したホリーは恥ずかしくてカツラの顔を見れない。
「聞かせてくれる?今のホリーの状況。俺にはその...。聞く権利はあると思うんだけど?」
カツラはスツールをソファの前に持ってきてホリーが話し始めるのを待った。
ホリーは自分のトラブルにカツラを無理やり巻き込んでしまった責任を取らなければと、ここ最近の彼氏とのできごとをポツリポツリと話し始めた。
「ごめんね。頭がごちゃごちゃしていて。それにしても最低だわ。既婚者にこんなことするなんて」
カツラに話をする内になぜキスなどしてしまったのかとホリーは自分でも信じられなかった。申し訳なさすぎていまだカツラの瞳を見れない。
「ホリー」
カツラは微笑みながらそんなホリーの名前を優しく呼んだ。ホリーは勇気を振り絞りカツラに視線を移す。
長い足を組み、じっとこちらを見つめるカツラの眼差しに吸い込まれそうになる。
「ホリーさ。俺のこと...。好きだろ?」
「カツラが好き...?」カツラの言葉にホリーが真剣に自問自答しようとするが、答えが出る前にカツラが言いなおす。
「違うな。正確には好きだっただろうかな?」
そうだろうと確認を求めるようにカツラがホリーの瞳を覗き込んだ。
カツラと初めて出会ったとき。
信用していた人たちに裏切られ、当時もホリーはどん底にいた。その時手を差し伸べてくれたのがカツラだ。
衝撃だった。こんな完璧な人間がこの世の中にいるとは。そして真実かどうかはさておき、彼に好きだと言われたのだ。ホリーがあの時カツラの申し出を受け入れていれば二人は結ばれていただろう。しかし、ホリーは素直にカツラの言葉を受け入れることはできなかった。今の彼氏を大切に思う気持ちもあったし、あまりにも自分とかけ離れているカツラと釣り合うとは思えなかったからだ。
この件に関して、今の今まで深く考えることはなかった。でも今なら聞いてみたいと思った。
「カツラは?やっぱり遊びだった?」
ホリーの質問にカツラは意表をつかれたようだ。一瞬瞳を大きく見開くが、また優しい眼差しに戻る。
「質問に質問返しか」
ホリーがやっぱりはぐらかすのかという目で見るとカツラは渋々と言った感じで答え始めた。
「ホリーとは...そういうつもりではなかった。慰めてやりたかったし力になりたかったから。流れでああはなったけど...」
視線を下にむけながらカツラは話す。
その表情から本当のことを話してくれているのだとホリーは感じた。カツラは肝心なところではぐらかすのが日常だ。そのため何が本音なのかつかみづらい。しかし今は真摯な態度でホリーの質問にこたえてくれているのだと感じた。
「最初から一夜限りでとは思っていなかった」
遊びではないと聞きホリーは不思議とほっとしてしまった。カツラはまだなにか伝えようとしている。恥ずかしそうにホリーから視線を逸らした。ホリーが黙って話の先を待っているとカツラはようやく口を開いた。
「ホリーは…。かわいいから...」
最後は消え入るような声で話すカツラにホリーは胸が早鐘のようにドキドキとした。真剣に取り合わなかったが、あの時のカツラの言葉に嘘偽りはなかった。
「でも結局はわからない。俺たちはそうはならなかったわけだから。当時の俺は変に冷めていたし。いつかホリーを傷つけて終わっていたのかもしれない。そうしたら今の関係はないわけで...」
「うん」
カツラの言いたいことはわかる。選ばなかった未来はわからない。そして、信じて選んだ道を間違いとは思いたくない。
「わたし、カツラが好きだった。それから...。今も好きよ。大切な仲間として」
ホリーはようやく気持ちの整理ができた。ふっきれたようにカツラをまっすぐに見て気持ちを伝える。その目はいつもの強い凛としたホリーの眼差しだ。
「俺もホリーが好きだ。気の強いところも」
カツラの嫌味にホリーが拳を振り上げる。
「もうっ!」
ホリーはぱっと腕を掴まれグイッとカツラに抱きしめられた。
「ホリー。自分を大切にして。彼ともちゃんと話すんだ。話合いは本当に必要だから」
「うん...」
しばらくそのままお互いの存在を確認し合う。恋人ではないが、大切な人。同志なのだ。
ゆっくりとどちらともなく体を離した二人は微笑みあった。カツラがオレンジジュースを手にとり、蓋を開ける。
「これ飲んで、元気出して」
「ありがとう」
先ほどからやけに喉が渇いていた。ようやく喉を潤せるとホリーは差し出されたジュースに手を伸ばす。しかしオレンジの匂いが鼻についた瞬間、強い吐き気がし、ソファに再び身を任せた。
「ホリー?」
吐き気が収まるまでしばらくかかる。
「ごめん、急に気持ち悪くなって」
カツラはじっとホリーを正視していた。カツラの何かに気付いたような眼差しに逆にホリーはキョトンとしていた。
「ホリー...。妊娠しているんじゃないのか?」
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