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第266話 16-5

「ホリーさん、大丈夫なんですか?」 「ああ。店長が来たら送ってもらうよ」 そろそろ開店時間になる。店には今日出勤予定のメンバーが集まり始めた。みなスタッフルームで横になっているホリーのことを気にかけている。ホリーと特に仲の良いウィローは心配で仕方のない様子だ。カツラから何か情報を引き出そうとするが、カツラの口は重い。カツラはホリーの体の変化については不確かなこともあり、店長にしか耳に入れていない。そして自分が長期休暇を取ったこともあり、ホリーに負担をかけてしまったのかもしれないという思いもあった。 「カツラさん、俺ホリーさんの代わりに厨房入りますか?」 カツラの表情が僅かに曇っていることに気付いたフヨウが陽気に声をかける。フヨウはここ最近のカツラの外見の変化に再び胸をときめかせていた。髪が伸びたカツラが放つ色気に当てられているようだ。しかしカツラはうざいものを見るような目でフヨウを見据え言い放つ。 「厨房は俺とセージで充分だ。お前はホールをしっかりやれ」 今日は平日のため、カツラの予想通りホリーが帰宅しても支障はなかった。店長が店に着いたのでカツラとシュロとでホリーを見送る。店を出ると店長が既に車を出してくれていた。 「ごめんね。迷惑かけるけど」 「気にすることはない。ゆっくり休んでくれ」 一息ついたとはいえぐったりとした様子のホリーを気遣うシュロ。シュロとホリーは職場仲間としてだけでなく、友人としても親しくしているのでシュロはとても心配そうだ。 「じゃぁ...」 ホリーは申し訳なさそうに言葉を繋いだ。やはり顔色が心なしか悪い。ホリーは最後にカツラと視線を合わせる。二人は視線が重なると微笑み合い頷いた。 「ホリー」 今まさに車に乗り込もうとしたところでホリーの名を呼ぶ男のほうに一同視線を向ける。ホリーと呼ぶその声がとても辛辣な響きだったからだ。 そこにはくたびれた雰囲気のひょろっとした男が立っていた。カールした金髪は散髪に行きそびれたのか前髪が目にかかっていてうっとおしい。それが男が本来優しい雰囲気を持っているように見える垂れ気味の目と知的なグレーの瞳を台無しにしてしまっている。その上今は寝不足なのか目の下にははっきりとしたくまがある。よほど疲れているのかインテリ風の細いフレームの眼鏡の上からもわかるほどだ。そのため今この男からはパッと見ただけでも近寄りがたい気難しさが漂っている。カツラははっとした。どこかで見たような...? 「どうしたの?こんなところに?」 ホリーは戸惑いながら男に尋ねた。 「どうしてって。あんなメールもらったから。帰りに寄ったんだ」 男の声色は変わらず冷たい。暗にホリーを責めているような口調だ。 「顔、真っ青じゃないか!」 男はホリーの肩を強くつかみ無理やり自分の方に向かせた。その場にいるカツラ、シュロ、店長は二人のやり取りを黙って見ていた。その視線にホリーが気付き、慌てて男を紹介する。 「あの...。彼なの。ノワよ」 こんな状況で彼氏を職場の者に紹介することになってしまった。居心地の悪さを感じながらホリーがノワを紹介する。 「ノワ。お店でお世話になっている人たち。今から店長に送ってもらうところで」 ホリーは店長に視線を向けノワなる男を紹介した。ノワはぎこちなくお世話になっていますとありふれた挨拶を交わした。店長はいつもと変わらぬ笑顔だ。 ノワは値踏みするようにシュロ、カツラに視線を向ける。そこでノワの視線がカツラにぴたっと止まった。カツラもノワと目線を合わす。そしてようやく思い出した。その時二人とも同じことを思っていた。あの時の男か...と。 「ホリー、一緒に帰ろう」 ノワはホリーの腕をぐいと引いた。ホリーはいつもと違い、ノワには一切口答えをしない。何か言いかけるが言葉として出てこないようだ。 「じゃあ君も一緒に乗っていって。ホリーがかなり辛そうだから」 そんなホリーを見かねて店長が助け船をだす。 「え、でも...」 店長はそれで決まりというふうに先に運転席に乗り込んだ。ぐずるノワを気にしてホリーはまだ車に乗り込もうとしない。 「ホリー、しっかり休んでやることよれよ?」 「カツラ...」 「じゃ、仕事あるから戻るわ。おつかれ」 カツラはそう言うとさっさと店に戻って行った。シュロもカツラに続きホリーに声をかけ店に戻る。 ここでつっ立ていても仕方がない。残されたホリーは店長にお願いしますと声をかけようやく車に乗り込んだ。不本意なノワも仕方なく車に乗り込む。やっと休めるとホリーは重い瞼を閉じた。 肩をゆすられ目を開けると自宅に着いていた。店長は気にせずゆっくり養生するようにとホリーに伝え店に戻っていった。 早く横になりたいホリーだったが、部屋に入るなりノワからの質問攻めが始まった。 「職場は男しかいないのか?」 「そんなわけないでしょ。あの二人が社員だから見送りに来ただけよ」 ホリーはソファーに座りながら答えた。とにかくさっさとこの話を切り上げて横になりたいのだ。ホリーは体調が徐々に悪化していると感じていた。オレンジの香を嗅いでから体がとてもだるい。 「あいつだよな?あの店紹介した奴。まだいたのかよ」 「え?」 ホリーがノワが何のことを言っているのかわからず聞き返すと急にノワの口調が激しくなった。 「あの派手な奴だよ!黒髪の。あいつと見つめ合っていただろっ!」 「なに言ってるの?カツラは仕事仲間よ。普通に話していただけじゃない」 「ごまかすなっ!見てたんだからな。あいつとアイコンタクトとるところを!あいつはホリーに気があるんだっ。ガードを緩めるとすぐに襲われるぞっ!ホリーのことをもの欲しそうな目で見ていた!!」 「そんなことっ!!あるわけないでしょっ!」 ホリーはノワの追求にドキリとした。 カツラはノワが言ったようなことは絶対にしない。なぜなら彼には愛する伴侶がいるからだ。 逆に今日は自分がカツラを襲いかけてしまった。こんなことは絶対にノワには言えない。

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