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第258話 16-7

今のホリーの精神状態がただごとではないような気がしたカツラは、店長にホリーの自宅の住所を聞き、出勤前にホリーの様子を伺うことにした。しかしいざ家の前まで来て、これが正しい選択なのか確信が持てなかった。あの面倒臭そうな彼氏に誤解を招かないかなどと思っていると、その場に佇んだまま動けなくなってしまった。 参ったな。後先考えず自分らしからぬ行動をとってしまった。両腕を胸の前で組み、どうしようかと思案していると強い視線を感じる。そちらに顔を向けると思い切り敵意を込めた目をしたノワがいた。 「まさか、ホリーに会いに?」 「様子をうかがいに。とても具合が悪そうだったから。ホリー、大丈夫そう?」 タイミングがいいのか悪いのか、ノワと出会ってしまったのだから正直に訪問の意図を伝える。カツラだけでなく、職場のみんなが連絡が取れないホリーを心配しているのだ。 こうして改めてカツラを見ると同じ男性でありながら彼が生まれ持った美しさに圧倒される。否定したくとも本当に派手な男だと無意識に心が反応してしまう。ホリーも同じように感じたに違いない。打算的なノワはカツラより自分が勝っているところを探そうとするが、ぱっと見た限りでは見つけることができない。ノワがこれからどうするかと思考を巡らせている間にも、そばを通り過ぎる人たちがカツラに視線を奪われる。ノワはカツラとこの場にいることに居心地の悪さを感じた。 「ここじゃなんだから」 ノワはカツラを自宅に招き入れる方がいいと判断したらしく、カツラの前に立ち先導した。 ホリーの自宅はメゾネットタイプのアパートだ。一階はリビングダイニング。寝室は二階のようで今休んでいるのかホリーの姿は見当たらない。リビングダイニングにはノワの仕事の資料や本がたくさんあるが、綺麗に整えられている。ノワはカツラにソファーを勧め、自分は立ったまま話を始めた。カツラに席を勧めたが長居をさせる気はないようだ。 「で?どうしてわざわざ?」 「電話じゃ様子がよくわからなくて。かなりひどそうだったから」 「どうしてそこまで心配するんだ?」 「は?」 「ただの仕事仲間だろ?普通家にまでくるか?」 ノワは明らかにカツラとホリーの仲を疑っている。カツラは冷静に説明しようと努める。 「あのさ...」 「ホリーのことが心配?本当は腹の中の子が心配なんじゃないのか?」 カツラはホリーがまだノワに妊娠の件を話していないと思っていた。 しかし、ノワのこの一言でホリーの妊娠は確実であること、しかもノワはどうやらその子の父親がカツラであると勘違いしていることに気付いた。 「まさか。そんなバカなこと、ホリーに言っていないよな?」 カツラの言葉を聞き、ノワの目がさらに軽蔑を含んだものに変わる。 「驚かないんだな。知っていたってことだよな。俺より先に。俺のいないところでこそこそ。おかしいと思っていたんだ。最近店にいる時間が長いから。二人でしっぽりやってたんだろっ!」 ノワの声は次第に大きくなり、最後の一言は怒鳴り声に変わっていた。決めつけも甚だしい。カツラは呆れ切って言葉も出ない。 カツラが長期休暇を取る前、新メニューの相談で社員は店に長居することが増えたのは事実だ。だからといってなぜ自分とホリーの仲を疑うのか?なにも言い訳しないカツラにノワが勝ち誇ったように畳みかける。 「否定しないんだな。ホリーもそうだ。否定しないで泣くだけ。俺のことを何だと思ってるっ!!」 ノワは息を切らしながら叫んだ。ノワはカツラを言い負かすことができたと変な高揚感に包まれていた。この時正しいのは自分で、ホリーと目の前の外見だけが完璧な男は道理に外れたことをしたのだ、正義は自分にあると。 「はぁ...」 カツラは呆れすぎて手を額に当てため息をついた。恐らくホリーはノワの言ったことがショックで言葉を返せなかったのだろう。そして、先日のことをまだ気にしているのだ。あれだけ誰に対してもはっきりとものを言うホリーは本命相手にはなにも言えない。それこそがホリーがこの男に惚れている証拠だというのに。カツラはホリーのことを全く分かっていないノワを哀れに思った。 「馬鹿にしているのかよっ!別れないからなっ。ホリーとは。店も辞めさせる」 「店を辞められるのは困る。ホリーだって辞めたくないはずだ」 「まだホリーを抱くつもりかっ?店でやりまくってたんだろっ。訴えてやるっ!お前も店も」 カツラは冷めた目でノワを見た。冷静に対応してきたつもりだが全くこちらの話に耳を貸そうとしないノワにカツラは苛立ちを覚えた。 究極に整った顔に無言で見つめられノワは蛇に睨まれたカエルのように体が硬直した。カツラからの無言の圧力に負けそうになる。 「なん...なんだよ」 「はっ、バカバカしい」 カツラはさっとノワから視線を離し、携帯を手に取った。

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