259 / 312

第259話 16-8

「そうなんだ。悪いんだけど。うん、うん。今から送るから」 カツラはノワのことを無視し急にどこかに電話をかけ、話し始めた。その内容からして誰かをここに呼ぶつもりらしい。ノワはカツラが弁護士でも呼ぶつもりなのではと疑う。カツラがそのつもりならこちらも容赦はしない。自分は悪くないのだ。ホリーも子供も渡してなるものかと憎しみを込めた目でカツラを見る。 それから一言三言言葉を交わし、カツラは電話の向こうの人物との会話を終える。 「会ってほしい人がいるんだ。自分がどれだけ間抜けなことを言っているのか自覚すると思うから」 訝しんでいるノワに視線を向けカツラが話した。 「座ったら?まだしばらくかかる」 ノワは自分の家にも関わらずカツラに座るように促され、腹わたが煮えくり返りそうだった。カツラはそんなノワのことなど一切気にしない様子で再び携帯に視線を移す。その姿は雑誌から抜け出したモデルのようで、ノワは不本意であるが一瞬目を奪われる。女はみんなこんな男が好きなのかよっ。顔が整っているだけじゃないかっ。やり場のない怒りを持て余したまま、ノワはダイニングチェアに座った。30分ほどすると、玄関のベルが鳴った。 「来たな」 カツラがさっと立ち上がり、ノワを無視して玄関に向かう。 ノワは先ほどからのカツラの対応に自分より相手はこういうことに対して一枚も二枚も上手だと感じていた。 絶対に負けない、俺の方がホリーを愛してるとノワは今から戦場に向かう男のように気持ちを引き締める。いったい誰をここに呼んだのか、ノワはわずかに緊張し拳を握りしめた。耳をすましていると玄関のほうから「おじゃまします」と遠慮がちな声が聞こえてきた。 「ほらほら。遠慮なくって言っても俺の家じゃないんだけど。お前からも言ってやって。誤解だって」 カツラの後に続いて部屋に入ってきたのはとても背の高い男だった。質の良いスーツを隙なく着こなしている。洗練された雰囲気と端正な顔立ちで、やはり弁護士かとノワは深く深呼吸をし椅子から立ち上がった。 「ホリーの彼氏のノワ。俺とホリーのことを疑っているんだ」 カツラの言葉に男は「えっ」と驚いた表情を見せた。 「な?あり得ないだろ?」 「言い訳したって無駄だ。DNA鑑定すればわかることなんだ」 「そうそう。やればいいよ。無駄だと思うけど」 「やめた方がいですよ?赤ちゃんによくないって聞いたことがあります」 ノワは男をキッとにらんだ。 「あんたなんだ?弁護士か?」 「えっ?俺は...」 男は確認するようにカツラを見た。言ってやれというふうにカツラは目で男に合図をした。 「俺は...。カツラのパートナーです」 「え?」 「こいつはタイガで俺の伴侶だ。俺とこいつは夫婦。わかったか?」 カツラが男の肩に腕をのせ親しそうに話す。困ったという視線を男がカツラにむける。二人の仲はどう見ても友人ではないとわかる。距離が近すぎるし、カツラが男に向ける眼差しはとても特別なものだ。 それでも突きつけられた事実をなかなか受け入れられない。カツラならほとんどの女性がなびくはずだ。 「君は…。ゲイなのか?」 ノワは絞りだすようになんとか言葉を発した。 「あ?違うよ。女がだめなのはこいつ。タイガのほう」 カツラはタイガを指差し訂正した。 「まぁ、でも今は…。俺はこれから先はこいつに夢中だから。残念ながら、ホリーとは友達止まりだ」 「ホリーさん、俺たちの仲をとても心配してくれて。いろいろと助けてもらったこともあるんです」 「だいたい酒を飲ませる店で働いてんだ。言いよる男なんて何人いるか。そっちを心配しろよ?」 「カツラ」 またノワに余計な心配ごとを増やさないようタイガがカツラをたしなめる。 「もう少し、ホリーさんを信じてあげてもいいと思います。気持ちはわかりますよ。ホリーさん魅力的だから。俺もカツラのことでは要らぬ物思いにふけっていますから」 「俺はこんなにお前に夢中なのに」 タイガの言葉にカツラが半分膨れっ面で言葉を繋げる。その表情、態度は恋人に甘えているもの以外なにものでもかった。見ているこちらが恥ずかしくなる。 ノワは二人のやりとりを見て、自分は本当に勘違いをしてしまったのだと気付いた。ということは、ホリーを深く傷つけたことになる。ノワは押し寄せる後悔に視線を落とす。そして愛した女を信じられないなんて最低だと己を罵った。 「ホリーのところに行ったら?上で休んでるんだろ?」 ノワはカツラの言葉におもむろに視線を上げた。ノワはカツラの言い分に一切耳を貸さず酷い暴言を一方的に吐いた。しかしカツラは根に持っていないのかあっけらかんとしていた。 「なんなら、俺たちの式に出席してくれてもいい。こうして顔見知りになったわけだし」 とまどうノワにカツラはそう言い、タイガに行くか?と言って玄関に向かった。 その場に一人残されたノワは思い出したように急ぎホリーの元に向かう。許しを乞うために。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「タイガ、悪かったな。でも助かったよ。あの石頭を納得させるためにはお前と会わせるのが一番手っ取り早いと思って」 タイガは今日も仕事が早く終わっていた。カツラにそうなるであろうことを午前中にメールで知らせていたのだ。 急遽ホリーの自宅に来るように言われた時はかなり驚いたが。メールでことの経緯を聞き、カツラのためにはせ参じたわけだ。 「タイガ?」 黙ったままのタイガにカツラが声をかけた。 「俺もあの人と同じだ」 「え?」 「ホリーさんとただの友達だとは思っていない。二人の距離はとても近いから」 「タイガ...。まさか、そんなこと」 タイガの瞳は色を濃くしていた。カツラは今夜またタイガに激しく求められると思った。もしかしたら半分お仕置きになるのかもしれない。 「いいよ。お前が納得するまで話はするから。今夜、ベッドの中で」 カツラは甘えるようにタイガの耳元で囁いた。

ともだちにシェアしよう!