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第260話 16-9

「なんだかんだ言っていたけど、やっぱり仲いいんじゃない。安心した」 学生時代の友人であるジュニパーが妊娠したホリーの様子をみに自宅を訪れていた。彼女は自慢の赤毛を肩の下でクルクルと指に巻きながら心配させないでよという感じだ。今二人はテーブルに向き合い午後のティータイムを満喫中なのだ。ホリーは笑顔を向け紅茶をティーカップに注ぐ。ゆったりとした気分ですごせるのは久しぶりのような気がする。 「予定外だったの。結婚もまだだし」 「でも頃合いじゃない?同棲してから長いんだもん」 「まぁ今はなんとか落ち着いたから…」 ホリーの含みのある言い方をジュニパーは聞き逃さなかった。 「なに?!なんかあったの?あいつ、まさか予定外の妊娠を責めたりしたの?!」 以前から気難しいノワのことを知っているジュニパーが彼をこらしめてやる勢いで身を乗り出した。 「違うの。そういうことじゃないんだけど」 ジュニパーはだったらなんなのだという表情だ。彼女の大きな青い目はホリーからことの経緯を聞くまで帰らないと言っていた。 「えと…」 ホリーは仕方なく職場の同僚のカツラについてノワに誤解された件を話した。 「それってあの超絶イケメンでしょ?わたしたちが頼み込んだのに紹介してくれなかった」 「だからそれは...」 以前学生時代の友人と集まった時、職場の写真を見せあった。最初は面白おかしく話が進んでいたが、ホリーの番になって写真を見せた途端にホリーは後悔した。みんながカツラに注目し、その後はカツラについての質問攻めにあったのだ。中には実際に店に来た友人もいた。運よくカツラが長期休暇を取っているタイミングだったので友人がカツラに会うことはなかったが。 「おかしいと思ったのよ。だって」 「待って!ほんとうに違うの!!だってカツラとは」 言ってしまってホリーははっとした。カツラと出会った夜に起きたことは誰にも話していない。しかし、写真でしか見ていないとはいえカツラに対して多少執着があるジュニパーがようやっとつかみかけたホリーとカツラの秘密をこのままスルーするはずがない。頑なにカツラの紹介を避けてきたホリーとカツラの仲をジュニパーはずっと疑っていたからだ。 ホリーは気がすすまなかったが、酔った勢いとはいえカツラとのセックスが未遂に終わったこと、その日の一連のカツラの様子から、彼に関ると火傷どころではすまない相手だと確信したことをジュニパーに伝えた。 話し終えたホリーをジュニパーは冷めた目で見ている。 「なによ?」 「ホリー、あんたほんとうになにもなかっと思っているの?」 「え!?でもやっていないわ。そんな感覚は確かになかったし」 「そうね。彼のモノの挿入はないかもね。でも他はあるに決まっているじゃない」 「まさかっ!」 「彼はホリーを安心させるために言ったんでしょ。なにもしていないって。若い男が若い女と裸でいるのよ?」 「でも」 「愛撫は思いきりしているわよ。ゴムをとりにいったんだっけ?直前だったわけでしょ?思い切りやってるって」 ホリーはジュニパーにこう言われる今の今までまったくこんなふうには考えたこともなかった。考えまいとしてきた。カツラの言った言葉にすがったのだ。 「今となってはもう確認のしようがないけれど。彼は結婚しているし、ホリーも妊娠しているしね。本当に全く記憶にないの?」 ホリーはパニックになった。確かに...。カツラを優しい御使いだと思った。自分から甘えたような記憶も微かにある。しかしカツラから深く触れられた記憶はない。 目覚めた時、カツラは遠慮なくホリーに触れた。行為の続きを行おうとしていたからだ。 ジュニパーのいうことが本当だとしたらカツラとどんな顔をして会えばいいのか。カツラに確認しようにも今さら彼が本当のことを話すとは限らない。ジュニパーの言う通りだとしてもカツラなら絶対に言わないと確信があった。ホリーの心配をよそにジュニパーはあっけらかんとしたまま続ける。 「ホリーもばかね!あんなイケメンとできるなんてないんだから。いただいちゃえばよかったのに。彼の喘いだ顔、見てみたくない?」 「ちょっと!そんなことっ」 ホリーはカツラのそんな顔など想像したこともなかった。しかしジュニパーに言われ、まだ見ぬカツラの快感に歪んだ顔が頭をかすめる。途端に恥ずかしくなりごまかすために言葉を繋ぐ。自分でも顔が真っ赤ではないかと思うぐらい体温が上がっている。 「もうっ、他人事だと思って!」 「そりゃそうよ。ホリーだけいい思いして。キスはしたんでしょ?私は彼と一度エッチできるだけでもよかったのに」 「エッチって...」 カツラが人に強烈な感銘を与えることはわかっていたつもりだ。しかし実際に第三者の口からこうもありありとカツラに対する思いを聞かされてホリーは言葉を失ってしまった。 「正直に話してほしかったな。痛い目合おうがそれは自己責任なんだもん。ホリーのやったことはお節介よ」 まさかこんなふうに言われるとは。人の考えなんて様々だ。ホリーが友人のためを思ってやったことは意味のないことだったらしい。 「ね、今からでも紹介してよ?」 「カツラは結婚しているのよ?」 「それもわかっているから。どうなるかはわたしと彼次第でしょ?」 以前のカツラならともかく、今のカツラは絶対に靡かないと言い切れた。カツラはタイガにゾッコンなのだから。 以前であってもそもそもホリーの友人であるジュニパーには望薄な感じはする。カツラは職場の関係者とは一切関係を持たない。 ホリーは自分の勘を信じ友人に恨まれるよりはとジュニパーをカツラに紹介することを了解した。紹介すると言っても店に来たジュニパーを自分の友人だと紹介するだけだが。 「じゃ、ホリーが安定期に入って復帰したころお店に行くからよろしくね!」 一難去ってはまた一難。ホリーが楽しみにしている職場復帰が少し憂鬱になってしまった。

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