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第262話 17-1
「ホリーさん、落ち着いたのか?」
「ああ。安定期に入るまで休んでいるよ。これをきっかけに籍を入れるらしい」
カツラはタイガの首にネクタイを回し器用にむすんでいく。歪んでいないか確認すると上目使いでタイガを見る。
「そうか。よかった」
ニコリと微笑みタイガがカツラの額にキスをする。
ホリーに関するドタバタ騒ぎから、二週間が経とうとしていた。タイガとカツラはすっかり日常を取り戻していた。
「カツラ、ほんとうにいいのか?」
「ん?」
「例の件…」
「問題ない」
カツラはタイガの腰に腕を回した。
「お前が一緒なんだから」
「うん」
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タイガは今日、珍しく社内で叔父と打ち合わせがある。
タイガと叔父は同じ職場で働いてはいるが、社長である叔父と顔を合わせることはほとんどない。叔父は留守がちなタイガの父親の代わりの様な人だ。タイガはもちろん叔父を慕っているが、社内で会うとなるとさすがに背筋が伸びる思いがした。
今会社は新しく手がける事業にかなり力を入れている。それがこの間カツラの友人シラーと話をしていたウェディング事業だ。
今日はそのイベントについて最近提携した会社との打ち合わせがあるのだ。タイガにはありがたく、提携先の担当はシラーである。
シラーの話では、先に数名のモデル写真を社長である叔父に送ったとのことだ。
そしてどのモデルが最もインパクトがありイメージ通りか、最終的な起用についてなどこちら側の専門の担当と話し合いがなされていた。
シラーは当初の宣言通り、女装したカツラの写真を送っていた。
そしてなにも知らない叔父たちはカツラが一番インパクトに残ると彼を第一候補に残したのだ。
会社の者であるタイガとのツーショットなら、なおいい宣伝になると今日の打ち合わせでシラーはこの案を提案するとのことだった。
「タイガ!元気そうね!」
「シラーも」
会議室につづく長い廊下でタイガはシラーに会った。一月ぶりに会う彼女は変わらず華やかで自信に満ちていた。
「カツラは元気?」
「うん。今日の件、よろしくと言っていたよ」
「任しておいて」
シラーはタイガにウインクをし、意気揚々と会議室へと向かった。タイガも資料を手に後に続く。
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カツラは緊張していた。
カツラは今タイガの勤める会社にいる。最上階にある社長室へと続く廊下をゆっくりと歩いていた。
濃紺のフカフカした絨毯に覆われた廊下の先に、タイガの叔父が待つ社長室がある。歩を進める度に足が心地よく沈む。自分の足音さえしない無音の空間にやけに心臓の音だけが響く。深く深呼吸をし目線の先に見える重厚なドアの前にたどり着くまでに気持ちを整え完璧な笑みを浮かべる。
話とはいったい何なのだろうか。カツラはシラーからの突然のメールでタイガの会社に来るよう言われたのだ。社長がカツラと話したいからと。なぜ、タイガからではないのか。
今日シラーが関わる案件があったことは知っていたが、カツラはタイガに関することなのでとてもナーバスになっていた。
まさか、結婚とりやめとか?叔父が二人の結婚について考えを一変し、結婚生活を解消させるべくカツラから懐柔しようとしているのではと不安になった。タイガとのことになるとカツラは今まで経験したことがないほど神経質になってしまう。
ドアをノックし中に入ると秘書がカツラに負けず劣らずの笑顔で出迎える。秘書に案内されその奥の部屋に入る。
扉の向こうの部屋は意外に広く、ガラス張りの窓からは午後の日差しが差し込み部屋に暖かい光をおとしていた。
奥には木製の大きなオフィスデスクがあり、その正面には革張りの高級感あふれるソファーとテーブルがある。
カツラがそちらに目を向けると上座のソファーに掛けている叔父と目があった。彼はカツラの姿を認めると優しく微笑んだ。目のあたりがタイガに似ている。カツラは自然と笑みがこぼれた。
すると、彼の正面に座っていたシラーもこちらに顔を向けた。
「やぁ、すまないね。わざわざ来てもらって」
叔父は立ち上がりカツラを出迎えた。そのままシラーの隣の席をカツラに勧めた。
「いえ」
「元気そうだね。今回は驚かされたよ」
彼はシラーからモデルの正体を聞いたようだ。カツラの心配は杞憂に終わった。叔父は早速シラーの会社と共同で手掛けるウエディング事業のイベントの話を始めた。
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