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第263話 17-2
叔父の話を聞いてカツラはほっとした。シラーが話していたあの写真のことかと。わざわざ呼び出してまでする必要があったのだろうかとカツラが思った瞬間、叔父の言った言葉に耳を疑った。
「え?すみません、今何とおっしゃいました?」
「女性モデルの筆頭はぜひカツラくんでと全会一致で決まったんだ。しかし申し訳ないんだが男性モデルは既に決定していてね。タイガでどうかと彼女から提案されたんだが」
叔父はシラーにちらっと視線を移す。カツラがシラーを見るとシラーはなんとも気まずそうだ。無理もない。カツラがモデルをする条件はタイガと一緒であることなのだから。
「タイガは社内の人間だ。それを自社の広告に使うのはどうかという意見もあってね」
「え...と...」
タイガがモデルをしないのならばカツラがこの仕事を受ける理由はない。叔父の機嫌を損ねないよう言葉を選ぼうとカツラは高速で頭を働かす。
「カツラ、今回のブライダルファッションショーで紹介するドレスは少しモチーフが変わっているの。カツラの中性的な部分がとても合っていて。ぜひ着てほしいってデザイナー側からも依頼がきているの」
そんなこと知るかとカツラが片眉をあげまさに反論しようとしたとき、叔父がシラーの言葉を繋いだ。
「タイガから聞いていると思うが今回のショーにはかなり期待がかかっているんだ。ここはどうか助けると思って引き受けてもらえないだろうか」
叔父はそう言ってカツラに頭を下げた。こうなってはカツラは嫌とは言えない。
「顔を上げてください。事情はわかりました。でも本当に俺でいいんですか?新郎役のモデルは嫌がりませんか?相手が男だなんて」
今回のショーでは女性だけでなく男性モデルも数人出演する。ウエディングドレスをまとったモデルをエスコートするために。ペアが組まれるとの説明を先ほど受けたばかりだ。
「問題ない。今ではトランスジェンダーモデルも珍しくないらしい。君はそうではないが、見る人は皆まさか男性だとは思わないだろう」
カツラの最後の砦が崩された。なんとも過ごしやすい世の中になったものだ。多様性が認められるのは歓迎すべきことだが、カツラにとってはとんだとばっちりである。こうなってしまっては腹をくくってやるしかない。最終的にはこれはタイガのためにもなるのだから。
「女性の姿だから、カツラだとは誰も思わないわ」
「まぁ、そういうことなら...」
真意は嫌だが、タイガに関わることなのでカツラは渋々引き受けた。タイガと一緒ならとこうなることを考慮せずに安請け合いをしてしまったことを後悔した。
「よかった。ありがとう、カツラくん」
「あの…。タイガは納得しているんですよね?」
カツラにとっては最重要事項である。
「もちろんだ。プロのモデルのほうが君を引き立たせてくれると納得している。心配無用だ」
「カツラ。時間があるのならこれから軽い打ち合わせをしたいの。大丈夫?」
カツラとシラーは社長室を辞し場所を変えて打ち合わせをした。ショーの大まかな説明をシラーから受ける。
「はぁ…」
カツラのため息にシラーが説明を止める。
「気持ちがのらないな。笑ったりなんかできそうにない」
「平気よ。笑わなくても。そういうのじゃないから」
カツラがわけがわからないという顔でシラーを見る。シラーはあくまで主役はドレスだから真顔で大丈夫だと説明した。
「なるほどね。それじゃ相手がタイガでなくてもいいわけだ。タイガ以外のヤロー相手に笑えるはずないからな」
「そういうこと」
「でもタイガでないと初めからわかっていたら絶対にやらなかった」
「文句があるなら社長に言って。私は結構頑張ったんだからね」
ねちねちといまだに文句を言い続けるカツラにシラーが最後通告を突きつけた。引き受けた以上、タイガの育ての親である社長に文句は言えない。カツラはそれ以降不満をもらさなかった。散々周りを翻弄し振り回してきたカツラがこうも従順になるなんて。
シラーにとってはカツラの気持ちよりも自分が担当する今回のプロモーションの成功が最優先である。シラーはカツラの胸中など気にすることもなく、幸先のいい仕上がりに1人心の中でほくそ笑んだ。
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