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第264話 17-3
「俺はすっごい不満だ。社長の手前、ああ言ったけど全然納得していない」
カツラは酒が入ったグラスを片手で弄びながら先ほどからずっとこの調子だ。
今夜カツラとタイガは最近オープンしたしゃれたバーで酒を飲んでいた。カツラはモデルをする件にやはり気持ちがどうしても乗らず珍しく酒が進みタイガに愚痴をこぼしていた。
「タイガ。お前だって嫌だろう?どうしたんだよ?ずっと黙りこくって」
普段あまり見ることのないほろ酔いのカツラにタイガは欲情していた。タイガとてカツラとのツーショットの撮影は楽しみにしていた。仕事とはいえ他の男性とカツラがカップルとして写真に写るなんて言語道断だ。今までのタイガなら相手が叔父であろが子供のようにふてくされていただろう。しかし、タイガには多少の変化が生じていた。完全に納得しているわけではないが叔父たち会社側の考えも理解しこの際なら飛び切りのショーにしようと思っていた。
「カツラ。一緒に仕事ができて嬉しいよ。撮影は残念だけど」
タイガはそう言ってカツラの手に自分の手を重ねた。
「俺は...。被写体にはむいてないんだよ。参ったな」
カツラがここまで愚痴をこぼす姿を見たことがなかったタイガは新鮮な気持ちになっていた。それだけカツラが自分に心を許しているということだ。タイガは可能な限りカツラを支えるつもりでいた。自分のために叔父に気に入られようと努めているカツラにさらに愛しさがます。今夜もカツラのことを離せそうにないと思う。
ヴヴヴヴ...ヴヴヴヴ...。
「お前の携帯か?」
タイガは自分の胸ポケットで振動する携帯を手に取った。
「これはでないと。ちょっと待ってて」
タイガはカツラにそう言って携帯に出るために席をたった。その場に一人残されたカツラはチビチビと酒を口に運んだ。
「お兄さん、暇なら僕につき合わない?」
隣から声をかけられカツラは振り向いた。先ほどまでまったく気配を感じなかった。男はいったいいつからカツラの隣にいたのか。かなりの長身。肩に届くぐらいのシャギーの入った髪。しかもその髪はピンクに染められいた。上下白のラフな雰囲気のスーツ姿。ノーネクタイでストライプのシャツの襟もとは第二ボタンまで外されていた。しかしとてもあか抜けた感じで男の持った空気感とマッチしている。若く見えるが自信に満ち溢れた落ち着いた物腰。人の視線を惹きつけるには十分魅力的な外見だ。男は澄ましたように微笑み清潔に整えられた綺麗な手にはカードの束があった。
「つき合う?」
カツラが男の顔と手にあるカードを交互に見ながら聞き返した。
「そうそう。お兄さん、たいくつそうだからね。今夜は特別に無料で占ってあげるよ」
「占いだって?」
カツラは占いなどこれっぽちも信じていない。吐き捨てるように言い放った。
「まあまあ。その様子だと信じていないみたいだね。じゃ、暇つぶしだと思って。どうぞ」
男は話しながら器用にカードを繰り始めた。見事なカード裁きだ。よくみると男が手にしているのはタロットカードのようだ。
「さて。何を知りたい?具体的な方がいいんだけど」
カツラは占いに応じたつもりはなかったが、すっかり男のペースにはまってしまった。将来に対して知りたいことはある。目下、頭を悩ませていることだ。カツラはしぶしぶ答えていた。
「仕事が...。初めてする仕事が上手くいくか知りたい。すごく苦手なことで。でも絶対に成功させたいんだ」
タイガのためにもとカツラは心の中で呟いた。タイガの会社が企画するブライダルショーを自分が足を引っ張るわけにはいかない。引き受けてしまった以上は最高の結果を残さなければとカツラはプレッシャーを感じていた。
「かしこまりました。じゃぁいいと思ったところでとめてくれる?」
男はカツラにそう言ってカードを裏向きにしてテーブルの上に置き左回しに両手で大きくシャッフルし始めた。男の持つ神秘的な力にカツラは引き込まれていく。優雅な手つきでカードが混ぜられていく。魔法にかかったかのようにカツラは言葉を口にしていた。
「ストップ」
その後男は慣れた手つきでカードをカットしていく。途中カツラにもカードを切らせた。そんなことを繰り返しカードが展開される。
カツラの前に一枚のカードが出された。
「これは?」
男はニヤリと口角をあげた。ミステリアスな薄い水色の瞳が鋭く光る。まるで預言者のようだ。
「『ザ・ワールド』正位置だからいい感じなんじゃないかな。きっと明るい結果になるよ。なにも不安に思うことはない」
男がカードを繰り出す数分前まで占いなど一切信じていなかったカツラであったが、今自分の目の前に提示されたカードに予言めいたものを感じていた。カツラはもっと先のことが知りたいと思った。視線をあげると男と目があった。
「もう少し占ってあげたいけど時間切れのようだ。大丈夫。お兄さんには心強い助っ人が現れるよ」
男はそう言いながらカードをさっと一つにまとめズボンのポケットにしまった。たったそれだけの動きだが男の身のこなしは目を奪われるほど優雅だった。その時バーの入口ドアが開く音。タイガがもどってきたようだ。そこへカツラが意識を向けた一瞬男がカツラにさっと顔を寄せる。
「またね、カツラ」
男はカツラの肩にそっと手を置きカツラの名を囁き去って行った。
「え?!」
男はなぜ自分の名を知っているのか。カツラは名乗った覚えはない。不思議に思い振り向いたが男の姿はもうどこにも見当たらなかった。
「カツラ、お待たせ。どうした?」
呆然と男が去って行った方を見つめるカツラにタイガが声をかけた。男はどこに姿をくらませたのか?まるで狐に包まれたような気持ちだ。
「あ、いや...。なんでもない。タイガは...。大丈夫だったか?」
「うん」
タイガの様子から、タイガは男の姿を認めていないようだ。カツラは気を紛らせるためにグラスに残った酒を一気にあおった。
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