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第267話 18-3

結果、客はカツラが試飲を希望した「ケアス エミュ チェ べホリッシュ」なる酒を大いに気に入りケースで購入して帰った。 「あの酒は不思議とどんな料理にも合うんだ。他を引き立てる特性があるというか。それでいてかなりの印象を舌に残す」 カツラが「ケアス エミュ チェ べホリッシュ」の詳細をタイガに説明する。 「たしかに旨い酒だった。ずっと飲みたくなるような」 タイガは僅かに口に残る酒の余韻を噛みしめる。酒であるが花の蜜も蒸留しているからか嫌味のない甘味がある。鼻腔に残る香りは清涼感があり思考をすっきりとさせた。それなのに組み合わせによっては酩酊状態になるという、なんとも不思議な酒だ。 「そいういう意味では正に神の酒だな。自然ものはもっと濃厚な味だ。高額でとても手が出せないけど」 カツラははたして天然ものの「ケアス エミュ チェ べホリッシュ」を口にしたことがあるのだろうか。タイガの思考がカツラに関することに及びかけたとき、ウィローがそそくさと近づいてきた。 「カツラさん、本当に助かりました。ありがとうございます」 「しごかれているみたいだな。でもいい経験になるだろ?」 ウィローがさりげなく助けてくれたカツラに礼を述べる。まだ夜は長いがカツラの姿を見てウィローは心底安心したようだ。本当に慕っているのだとタイガは二人を見て心が温かくなった。 「いやぁ、さすがだね」 数分3人で話していると背後から声をかけられ全員同時に振り向く。そこにはウィローと同じ服装をし上品に口ひげを生やした中年男性がにこやかな顔でいた。 「オーナー」 ウィローが口ひげ男に声をかけた。どうやらこのブースの責任者らしい。 「きみかな?『desvío』のエースは?カツラくんだっけ?噂は店長からも聞いているよ」 オーナーと呼ばれた男はカツラに視線を捕らえ手をさしのべながら話しかけた。 「そんな。初めまして」 謙遜しながらカツラは握手に答えた。 「さっきあの酒を購入した客に会ってね。うちの贔屓の客なんだけど。ただ少し面倒な人で。まさか今日来るとは思っていなくて。ウィローくんには荷が重いのではと危惧していたんだ」 オーナーの話を聞きウィローは全くその通りだったというふうに苦笑いをしている。 彼は『desvío』の店長と親しいようで今回のイベントも店長から声をかけてもらったらしい。店はまだ軌道に乗り出したばかりで本店とこちらをオーナー自らが行き来し、てんてんこまいなのだと語った。安心してブースを任せることのできる人材がまだ育っていないので、ウィローのヘルプにかなり助けてもらっていると。なかなか人柄の良さそうな人だ。仕事自体は大変かもしれないが、職場環境は問題ないだろう。と言ってもウィローがここで働くのは残り2日である。 「あの酒の詳細を知っているとはかなり勉強したんだね。僕も存在を知ったのはここ最近なんだ」 「試飲はされたんですよね?もったいないですよ。もっと推したほうが」 「はははは。まぁそうなんだけどあのラベルで敬遠されるんじゃないかと思ってしまって」 オーナーはカツラの言う通りなのだがと笑っていた。今話題になっている「ケアス エミュ チェ べホリッシュ」の黒い酒瓶には白蛇と花のイラストが施されたラベルが貼られている。そのため蛇を漬け込んだ酒と勘違いされるというのだ。実際タイガもカツラから花をもとにした酒だと聞いていたが、ラベルを見て蛇も一緒に漬け込んだ酒だと思った。 「しかしよく知っていたね。あの酒にあんな逸話があったとは知らなかった」 先ほどカツラは試飲するにあたってこの酒にまつわる言い伝えを話していた。酒のイメージがガラリと変わってしまうほど、せつなくも美しい話。その場にいた客を含めウィローもタイガも聞き入ってしまった。 オーナーも初耳だったこの酒のできた経緯を先程の客は大いに気に入ったそうだ。その話を披露しながら酒をふるまうのだと息込んでいたらしい。 「カツラくん、明日うちの店、てつだってくれないかな?もちろん礼ははずむよ」 オーナーもカツラの外見となによりも酒に関する知識、人を虜にする魅力に当てられたようだ。明日からの2日間は週末でもっと込み合うだろう。来場する人達も千差万別でウィローだけでは確かに心細い。カツラがいればウィローも鬼に金棒である。しかも先ほどの常連に美形で博識のカツラを絶対に店に置くべきだと強く言われたそうだ。 「いや...。でも」 「実は店長からは大変そうならもう一人応援をつけようかと提案されていたんだ。その時はあまり迷惑かけるのもと思っていたんだけど、君のことを目の当たりにするとね」 オーナーは優しく微笑みながら話を続ける。 「この仕事をしていてよかったと思ったよ。自分の仕入れた酒をあんなに喜んでくれる客の顔を見ることができて。当初の気持ちを思い出したというか。カツラくんとウィローくんの3人でならとてもいい仕事ができそうな気がするんだ」 熱烈なラブコールだ。もちろん仕事上でのことだが、タイガはここまで人を惹きつけるカツラのことが気になった。もちろん丁重にお断りするのだろうと思っていたタイガはカツラの言葉に耳を疑った。 「わかりました。そこまで言っていただいて恐縮です。俺でよければお手伝いします」 「カツラさん」 「よかった。ありがとう」 オーナーとウィローは満面の笑みを浮かべていた。周りに気取られないように取り繕い笑顔を作ったタイガであったが、内心は冗談じゃないっと憤っていた。

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