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第268話 酒の逸話 「ケアス エミュ チェ べホリッシュ」

べホリの花 蛇の頭のような形の小さな花びらが何百と密集し一つの花を形成している。花びらの先に二つの赤い点があり、まさに蛇の顔のようにみえる。蓮科の仲間で水面に生い茂る。遠目から見るととても美しい花である。 その花には昔から治癒力があり、傷にぬっては癒しを早め、薬として煎じて飲めば免疫力を高め人々にとって欠かせないものになっていた。 南国の地 浅黒い肌の人々が太古からの神々を崇拝する国。神々の絶対的(おや)である男神(おとこがみ)女神(おんながみ)が存在し、彼らにまつわる出来事から他の様々な神が誕生した。この国独自の伝統的な料理、文化がある。神話に基づき異性婚、同性婚共に認められている。 むかしむかし、南国にある豊かな国でのできごと。その天上に住む仲の良い男神と女神が喧嘩した。女神は涙をながし、その一粒がべホリの花が咲き乱れる池に落ちた。涙はそのままべホリの花の化身のように赤目の白い蛇神となった。 この蛇神は池の守り神としてそばに住む人々を見守った。ある日蛇神は毎日のように池に自分の姿を映す子供に気づいた。その子は自分と同じ、白い肌に少し赤みがかった目をしていた。白子(しらこ)(アルビノ)だ。その外見のせいで異分子として扱われ国王の子でありながら彼はつらい仕打ちをうけていた。 しかしこの王子は心根が優しく、自分につらくあたる人々を責めることはなかった。人以外のものとしか関わりを築けなかった王子は動物や昆虫を労った。怪我をした動物を介抱し、池に落ちた昆虫を何度も助けていた。つらい思いをしているはずなのに腐らず澄んだ心を持ち続けるこの王子に蛇神はいつしか自分を重ねていた。蛇神もこの池に生まれてからずっと1人なのだ。友達は自分と姿が似たべホリの花たちだけだった。 君は1人でない。自分は味方なのだと蛇神はこの子に教えたかった。 王子が15の年を迎えるころ、蛇神はとうとう行動に出た。人の姿に化けたのだ。この蛇神は女神(おんながみ)でその姿は日の光をうけるとキラキラと光りとても美しかった。白銀(はくぎん)の長髪にすけるような白い肌、瞳は真っ赤だが、それがなおさら唇の赤さと相待って愛らしさをだしていた。 いつものように池に来た王子に声をかける。姿が似た2人が親しくなるのに時間はかからなかった。 楽しい時間はあまりにも早くすぎ、長くは続かない。 なにをしてもくじけず落ちぶれないこの白子の王子を面白く思わない他の王子たちは彼を監視しあとをつけた。そこで蛇神が化けた美しい少女との逢瀬を目撃した。浅黒い肌をした民族であるが、初めて眼にする蛇神が化けた少女の姿は(けが)れを微塵も感じさせないほど白く、神々(こうごう)しかった。少女の存在は彼らには衝撃であった。 このことは王の耳に入ることになり、蛇神は王に捕えられてしまった。逆らえば白子の王子を殺すと脅されたのだ。長い間、池から離れると神力は尽き蛇神は死んでしまう。 このままでは自分も白子の王子も助からないと悟った蛇神は残る力を振り絞る。監視の目を潜り抜け、王子の元へとむかったのだ。同じように捕えられた王子に蛇神は自分の手首を切り神力が宿った赤い血を浴びせ力尽きる。王子は直接神力を体に浴び意識を失った。駆けつけた者が目にしたのは倒れる王子と白く美しい蛇の死体であった。 その後、王子の肌は脱皮するかのように剥がれ落ち浅黒い肌となった。 この出来事に人々は奇跡だと騒ぎ、少女は神の化身だったのではとベホリの池にむかう。しかしもちろん少女の姿はなく、咲き乱れていた治癒の花、べホリの花もなかった。花は全て枯れ果て池は赤い色に変わってしまっていた。 意識が戻りことの顛末を知った白子の王子は早速池に向かい、涙を浮かべて愛した蛇神に感謝の思いを祈り続けた。その祈が5年目になったとき、王子も病に倒れ亡くなった。その時、この願いがようやく天上の女神に届いた。 2人を不憫に思った女神は2人の思いの証にと深い眠りについたべホリの花を再び開花させた。しかし、花は不思議と5年に一度しか咲かない。当時2人を追い詰めた人々を罰するように治癒の花は簡単に手に入らなくなってしまった。大切に扱うためにと花や蜜を蒸留し、こうしてべホリの酒ができあがった。 「ケアス エミュ チェ べホリッシュ」 べホリの池の蛇神の酒だ。

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