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第272話 18-6
「ウィロー、タイガ見なかったか?」
閉店間際になった。各ブースが店終いをはじめた頃、カツラがずっと気になっていたタイガのことをウィローに尋ねた。タイガから仕事の邪魔をしたくないからイートインコーナーで時間を潰しているとメールがあったが、カツラが向かうとその場にタイガの姿はなかった。
「レストルームじゃないですか?」
カツラはもちろんレストルームも確認した。タイガの携帯にメッセージを残したが、既読はまだついていない。カツラはタイガのことを気にしながら仕方なく閉店業務を始めた。この時刻になると室内に客はほとんどいない。店のサービス自体が終了しているため客達は長居ができないからだ。
ウィローと手分けしてもくもくと作業を続ける。ウィローにゴミ出しを頼み店内を整理していく。しばらくすると、カツラは視線を感じた。もしやタイガではと思いそちらに目をむける。そこには懐かしい顔があった。
「やっぱり...!君だ!」
カツラは彼の姿を見てはっとした。輝く金髪、人懐っこそうな青い目。研修時最終日、共に星空を見たニレである。
「ニレ?」
カツラが自分の名前を呼んだことにニレはぱっと笑顔を浮かべた。ゆっくりとカツラに近づく。ニレもどうやら今回のイベントに参加していたようだ。彼は青いTシャツに茶色いエプロンをつけている。彼がワインのために良質なブドウを生産している農家の一人だと一目でわかるようにエプロンにはブドウの刺繍がある。ニレの柔らかい雰囲気と相まって、訪れる人たちはワインは敷居が高いと躊躇することなく試飲を楽しんだはずだ。
「元気そうだ。君の店?」
ニレはカツラが今いるブースを見回し尋ねた。
「いや。応援で来ているだけで」
「すごい噂だよ。やり手がいるって。女性客も今日はすごかったからね。気になって見に来たんだ。まさか君だったとは」
ニレには不思議な魅力がある。カツラは自然と笑顔になっていた。この何とも言えない包容力。ニレと過ごした時間はほんの数分にも関わらず、一番つらい時そばにいたからか、もともとフィーリングが合うからかカツラはニレに懐かしさと親しみを感じていた。
「ニレも出店を?」
「うん。ここよりもっと小さいけどね。ずっと奥の方だし。でも少しはワインのこと、知ってもらえたかなって。僕は今日で終わりなんだけど」
はははと笑みを浮かべながら髪をかくニレの左手薬指にきらりと光る指輪があった。カツラの視線がその指輪にとまったことにニレが気付く。
「婚約したんだ。来月、式を挙げることになって」
照れ臭そうに相手は幼馴染なのだと教えてくれた。カツラは自分も結婚したこと、あの時の相手と無事に結ばれたことを報告した。
「そっか。本当によかった。願いが叶って」
「願い?」
カツラが何のことかわからないというふに聞くとニレは恥ずかしそうに言った。
「あの時...。君に笑顔になってほしかった。でも僕には時間がなかったし。だから、君が思う人と結ばれるようにって...。あの時ちょうど流れ星が流れたんだ。気付いてた?」
「え?」
カツラはニレの告白に驚いた。確かにカツラがニレの横顔を見たとき、ニレは黙って星空を長い間見ていた。自分のために祈ってくれていたということか。カツラは心の中がじんじんとした。
「ニレ、結婚のお祝いしていいか?」
「え?あ、うん」
カツラはニレの了解を得てニレに近づき抱きしめた。ニレはタイガのようにガタイがいい。研修期間中、最初に出会ったのがニレだったなら、やばかったかもしれない。タイガに似た雰囲気を持つニレの優しさに甘えてそのまま流されてしまっていたかもしれない。カツラはニレの優しさに感謝し、ニレも大切な人と幸せになれますようにと心から祈った。
突然のカツラからの抱擁にニレは最初体をこわばらせたが、かつて自分が思いを寄せた人であり愛しい人には違いない。ニレもカツラをぎゅっと抱きしめ返した。
「ニレ?」
カツラが体を離そうとしたが、ニレの抱擁は長かった。数分後、ようやく体を僅かに離す。
「ありがとう。幸せになってね。これはおまじない」
ニレはそう言ってカツラのサラ髪をかきあげ額に唇を当てた。
「大切な人が君を絶対離さないように」
「こらっ」
カツラが冗談めかして言うとニレはじゃあねと笑顔を向け去っていた。全くもうとカツラが振り返るとそこには固まるウィローと瞳を濃くしたタイガがいた。
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