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第274話 18-8

「二人とも、おつかれさま。本当に助かったよ」 今日はイベント最終日であるが、夕方に店終いである。次のイベントの準備を早速深夜から行うためイベントブースは早々に店終いすることになっていた。閉店業務を3人でこなしている中、オーナーがカツラとウィローにねぎらいの言葉をかけた。 「こちらこそ。とてもいい勉強になりました。な?ウィロー」 「はい。いい経験ができました」 当初ガチガチに緊張していたウィローの表情は今や自信に満ちている。カツラはそんな後輩を頼もしく思った。 「そう言ってもらえてありがたいよ。まさかここまで売り上げが取れるとは思っていなかったから」 今回のイベント用に用意していた商品は昨日と今日でほぼ完売してしまったのだ。ほとんどがカツラが売りさばいたと言っても過言ではない。客の要望を聞き、その客の予算をさっと把握することにカツラは長けていた。高額な酒も購入可能な客に対して持ち前の酒の知識と美貌で勧め難なく買わせていった。ウィローは以前ホリーがカツラは絶対にホストむきだと言っていたことを実感する結果となった。 「機会があったら今度はうちの本店に来てくれ。もちろん客として。美味しい酒を御馳走するよ」 今日は打ち上げのためオーナーはイベント参加者、関係者たちとこの後食事会をするとのことだ。カツラたちも声をかけられたが丁寧に辞退し帰宅することにした。 「昨日は大丈夫でした?」 帰り道、ウィローが遠慮がちに聞いてきた。タイガのことを気にかけているようだ。 「問題ないと言ったろ」 「今日は早上がりですけど。タイガさん来ないんですね?」 「タイガがいないから心配していたのか?あいつも暇じゃない。それに今日は前々から取引先との接待が入ってるのさ」 なるほどとウィローはようやく納得したようだ。 まだ日が沈むまで時間がある。カツラはウィローと別れ今日は気分転換で普段は歩かない道を通って帰ることにした。派手な店が立ち並ぶ場所だ。異国情緒あふれる色とりどりの看板が目を引く。食欲をそそる匂いがまじりあう通りをカツラは興味深く眺めながら歩いていく。客引きに声をかけられるが笑顔で断る。今度タイガと食事に来てもいいかもしれないと思いながら。 しばらく歩くと人だかりができている店がある。通りすがりの人達が横眼で見ながら通り過ぎていく。近づくと声の様子から女二人が言い合いをしているようだ。よく見るとそこはここではめずらしく物品販売店のようだ。異国のスパイス、調味料、漢方、茶、酒などが店の外の棚にもずらりと並んでいる。 一人は店員、もう一人は客のようで激しい応酬を繰り返している。派手な姿の女はその店で買った袋を掴まれている。まさか万引きか?と思いカツラは他の通りすがりの人達に混ざり立ち止まり様子を伺った。 恐らく客と思われる女はとても目立つ姿だ。キラキラと輝くラメが散らばった黒いロングヘアを高い位置でツインテールに結っており、声の感じと相まって若者だなと判断する。ニーハイソックス、タイトなミニスカートに肩ががっつりあいたオフショルダー。全身ピンクだが高いヒールのサンダルだけは黒だ。やれやれと思いながらいったいどんな顔をした者なのかと興味がひかれる。客の女の顔を確認した瞬間、カツラは運悪く彼女とがっつり目が合ってしまった。 「あっ!!」 その顔は忘れもしない、フヨウの子ども身ごもったと店で騒いでいたユーリである。ユーリもカツラに気付いたらしく、目が合ってすぐにカツラに助けを求める。 「カツラちゃんでしょ?ちょうどよかった。すごく困ってるの!」 カツラからすれば最悪のタイミングだ。慣れ慣れしいユーリの態度に吐き気をもよおす。何かトラブルに巻き込まれることは間違いないと咄嗟に判断したカツラは無視することにした。ユーリの呼びかけに聞こえないふりをしてその場を立ち去ろうとする。 「え?!嘘っ!!ちょっと待ってよ!!」 触らぬ神にたたりなし。ユーリは神などとありがたいものではないが、関わり合いになるのはまっぴらごめんだった。カツラは逃げるように足早に立ち去る。 「いったーい、あ、あ...。ダメ。救急車呼んで」 問題の店から数歩遠ざかったカツラの耳に声色を変えたユーリの声がする。 「お腹、お腹が...」 ユーリのただならぬ様子に先ほどまで彼女ともめていた店員も心配そうに声をかけている。周りもより一層ざわつき出した。カツラははっと振り返った。ユーリは妊娠している。まさか興奮して何か異変が起こったのだろうか。そろそろとカツラはユーリがいる店に戻る。ユーリはしゃがみ込み下腹部を押えていた。 「あの人、知り合いなの...」 戻ってきたカツラの姿を確認したユーリが息も絶え絶えな様子でカツラを指さし言った。彼女を心配する人達がカツラの姿を認め無理矢理ユーリの元に導く。 「助けて、お願い」 ユーリはガシッとカツラの腕を握った。その手は力強く、けっしてカツラを逃すまいというユーリの強い意思を感じた。

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