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第276話 18-10

ママがカツラに出した酒は最近客から絶対に買うべきだと進められたものだった。その客は酒メーカーの営業らしく、ママは自信満々にその酒の話を言って聞かせた。 「ママさん、騙されていない?この酒、そんなにしないよ?」 酒にくわしいカツラが間髪入れずに指摘する。そんなはずはないと訝しむママにユーリがカツラの仕事を説明した。 「やだぁ、じゃ、だまされちゃったの?すごくショック」 よほど傷ついたらしく目尻に涙がにじんでいる。人情溢れる表情にカツラは同情する。さすが女一人で店を切り盛りしているだけはある。なかなかの人を惹きつける人物のようだ。 「大丈夫。この酒があるだろ?」 カツラは立ち上がりカウンター内に入ると棚に置かれた酒を手にとった。 「面白い飲み方があるんだ」 そしてママが大量に購入してしまった酒が無駄にならないようその酒と相性のよい酒や、食べ物、逸話を聞かせた。 「あなた、すごいのね!うちで働かない?」 「いやいや…。他で、働いているし」 「今夜だけでも!とても大切なお客さんがくるのよ。ユーリは少し心配で。ほら…、ね?」 ママはわるでしょうと言いたげに両手で大きなお腹をさする振りをした。 「酒がってこと?だったら」 「飲まずには難しい客っているじゃない?」 カツラの言葉をさえぎりママが話し続ける。しかしカツラもここで言いなりになるつもりはなかった。 「ここにくる客は女の子と楽しく飲みたいんでしょ?ヤロー相手じゃ余計にだめなんじゃないかな?」 「あらぁ。それは大丈夫なのよ!」 前にもあったような流れにカツラは背筋がゾクリとする。さっさとこんなところ、お暇しなければ。 「どうしたの?ユーリ!」 その時、ママが慌ててユーリにかけよる。ユーリは途中から、カウチソファーに腰掛けていたのだ。片手をお腹に当て苦笑いを浮かべている。 「うん…。少しお腹がはって」 「薬ちゃんと飲んでる?」 「最近ちょっとね…」 「薬、どこにあるの?」 ママはユーリのバックをあけ中をガサゴソと漁り始めた。 医者に処方されたらしい薬の紙袋をとりだす。 「早く飲みなさい」 ユーリの顔色は心なしか悪い。今のやり取りを見ていたカツラにママは縋るような視線を投げかけた。 「今夜だけ。助けてもらえないかしら?」 ユーリも両手を組みお願いという仕草を見せる。どうしてこういう状況になってしまうのか。断れない自分は本当にお人よしだ。カツラは俯きはぁぁとため息をついた。 「ユーリのほかにね、もう一人バイトちゃんがいるのよ。その子と体形が似ていてよかったわ」 店の奥にあるママのプライベートルームに通されたカツラは今夜着用するドレスを手渡された。 ママが言うにはかなり長身の女性がバイトにいるらしい。カツラは仕方なく今日は不在のそのバイトの衣装を借りることになった。 面倒くさいので髪はそのままでいいとカツラは断ったが、なるべく女性らしく見せたいママはウィッグをつけることを譲らなかった。メイクとウィッグどちらがいいかと迫られ、仕方なく昔ママが使っていたウィッグを拝借することになった。 一通り着飾ったカツラの姿を見てママは自身満々だ。この光景も以前経験したことがある。カツラはしぶしぶ店に出た。 「うっそ...。すごい...、綺麗」 着飾ったカツラの姿を見てユーリが絶句した。 今夜のカツラは黒の長袖フレアロングドレス。クールネックだが背中は大きく開き、ウエストと胸の間は肌が少し露出するデザイン。ウエストは細く詰まっており女性らしい形だ。大人しいデザインだが、スカートの片側に深いスリットが入っている。普通にしていればわからないが、足を組むと深いスリットははだけ太ももが丸見えになる。チラリと見える細く長い足にはレースがついた肌が透ける黒いガーターストッキングを着用しており、視線を釘付けにする。赤髪の長めのボブに切り揃えられた前髪と丸眼鏡。ノーメイクなこともあり、腰に手を付きさっそうと歩くその姿は妖艶な家庭教師を思わせた。 「フヨウに迎えに来てもらえよ?あいつ、今日は早番だから」 普段と変わらず話すカツラにユーリは戸惑いを隠せない。どう見ても今の姿は女性なのに、当然だが話し方、声はまるきり男だ。 ユーリはカツラは普段でさえ色気がダダ漏れしていると思っていたが、女装をしたためなおさら色気が増した気がした。女性と見紛う体のラインが目立つ魅惑的な衣装のせいかもしれない。あえて言うならごく一部の選ばれた者だけが待つ中性的であるが故のなんとも形容し難い色気。したたかでメンタル最強のユーリもしどろもどろになってしまう。 「う、うん。メールする」 「じゃ、ユーリ。あんたは奥で休んでいなさい」 ママは満面の笑みでユーリに声をかけた。 こうしてカツラはママと二人、見知らぬバーで仕事をすることになった。

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