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第278話 18-12

「なんだよ。ユーリから聞いていないのか?」 「なにも...」 フヨウは始めて見るカツラの女装姿を改めて見た。職場の先輩であるカツラの姿は見慣れているはずなに、今こうして目の前にいる人が同一人物だと実感できない。かろうじて発せられる聞きなれた声で無理やりカツラなのだと納得しているような感覚だ。 フヨウは無意識に芽生える本音を押えることができなかった。すごく綺麗だ。女性にしか見えない。しかもさっきの足...。綺麗すぎて...。 「フヨウ、着いたんだ!」 フヨウの想像がいかがわしいことに及ぶ寸での所で、ユーリが駆け出してきた。ユーリはそのままカツラの腰に手を回し「遅かったじゃん」と言った。 「こら、なにひっついてんだ!」 ユーリの予想外の行動にカツラが間髪入れずに突っ込む。 「えー、いいでしょ、別に?今は女同士なんだから」 「わけわからんことを言うな」 カツラの言葉はきつくとも無理やりユーリを引き離そうとはしない。心では許しているような雰囲気だ。 フヨウは二人の様子に戸惑った。え?なんで?なんでこんなに仲良くなっちゃってるの?と。二人の様子を見てフヨウの頭の中は?マークだらけだ。フヨウに妊娠を報告しに店に押し掛けたユーリの勝手な言い分に対してカツラがブチギレたぐらいしか二人の接点はないはず。 「あら、ご苦労さま、フヨウ」 目まぐるしい展開にフヨウがなんとか頭を整理しようとしたところでユーリと一緒に奥にいたママも店に顔を出した。ママはユーリの体調を気遣い、無理せずゆっくり休むように言った。ユーリを早く帰らせようとするママにカツラも賛成で店の外まで見送る。 「途中まで一緒に帰ろ?ね?」 すっかりカツラのことが気に入ったユーリがカツラの腕をとり甘い声でねだる。 「あのな?」 すっかりユーリのペースのカツラは半ば呆れ気味に返事をする。 「いいんじゃないの?今夜は本当に助かったわ。あ、荷物よね?今持ってくるから」 ママがカツラの荷物と着替えを取りに店に戻る。そんなママをカツラが振り返り見ることでフヨウは初めてカツラの後ろ姿を見た。背中が大きくはだけ、白く滑らかな肌が丸見えだ。均整の取れた筋肉と共に形のよい肩甲骨が何とも言えない色気を放っている。薄暗い街灯に照らされたカツラの整った横顔とまるで裸のような背中を目の当たりにし、フヨウの男性部分がざわつき股間がむづ痒くなる。 「お待たせ。はい、これ。みんな気を付けて帰るのよ」 ママからどうもと荷物を受け取り、ネオンが灯った木々に囲まれた川沿いの道を歩く。フヨウは何故か一人前を歩ているが、ユーリはフヨウのことはお構いなしでカツラに腕を組んだまま一人でぺちゃくちゃとおしゃべりしていた。 「あ!」 突然ユーリが立ち止まり、何か思い出したように大声をあげた。 「なに?」 嫌な予感がしたのかもしれない。カツラが今度は何だというように聞き返す。 「どうしよう、家の鍵忘れちゃった」 「鍵?それならフヨウがもっているだろ?」 なにをまぬけなことをとカツラがフヨウに視線を向け言った。 「えと...。鍵、一つしかなくて。俺が出た後、ユーリが出るから」 「はぁ?」 瞬時に理解したカツラがあきれた声を出した。 「ママの部屋に置いてきちゃった。薬を出して鞄の整理をしたときにそのままにしちゃって」 ユーリはペロっと舌を出しごめんなさいと小さな声で謝った。 「フヨウ、お前取ってこい。ここで待っているから」 フヨウは納得いかなかったが、3人そろって店まで戻るのは要領が悪いし、妊婦のユーリに取りに行かせるわけにもいかない。カツラの露出の多い女装姿におおいに心を乱されたフヨウは、忘れかけていた思いが甦り気持ちを整理する時間も確かに必要だと考えを切り替える。フヨウはわかりましたと一人店に鍵を取りに行く。 カツラとユーリは川沿いにあるベンチに二人並んで座りフヨウの戻りを待つ。ふと横を見るとユーリはほのかに笑みを浮かべ携帯を眺めていた。 「病院は行っているんだろうな?」 カツラは何気なくユーリに話しかけた。ユーリは携帯から目を離さず軽く答える。 「行ってるよ」 カツラはそれ以上話しかけることはなかった。ユーリがぱっと携帯から目線を離しカツラを見る。 「フヨウ、何か言ってたの?」 「え?」 「この子は間違いなくフヨウの子だから!」 ユーリはお腹に手を当てきっとカツラを見つめ宣言した。 「あ...、そう」 突然の告白にカツラは戸惑う。それは二人のことなので自分は無関係だ。ユーリはなにを求めているのか。 「フヨウ、まだ疑っているんだよね。わたし、あまり検査はしたくなくて」 「フヨウに気持ちを伝えればいいだろ?」 「いっつも喧嘩になっちゃうんだもん」 「でもまぁ一緒に暮らしているわけだし。あいつも前向きに考えているんじゃないかな」 黙り込むユーリにカツラが話し続ける。 「気持ちに嘘がないのならフヨウにも伝わるはずだ。なんせ自分の子供なんだから。予定外とはいえ縁だろう?俺は羨ましいけどね」 「羨ましい?」 カツラからの意外な言葉にユーリが聞き返す。 「好きな人とのこどもなんて。この上ない絆じゃないか。俺は好きな人のこどもは産めないし、彼も俺のこどもは産めない」 カツラのパートナーが男性であることはフヨウから聞いてユーリは知っていた。だからこそフヨウはカツラを諦めきれないのだとぼやいていたのだ。思いがけずカツラの思いを聞きユーリはカツラから外していた視線をカツラに戻す。その瞬間ユーリの心臓が激しく鼓動する。 カツラは優しく微笑みユーリのことを見つめていた。キラキラと輝く翠の瞳に捕らえられ、ユーリは金縛りにあったように体が動かなくなってしまった。 「な?元気だせ。で、きちんと話し合いだな」 カツラはそう言ってユーリの頭にポンと手をおいた。 この人...。天性の人たらしなんだ。女装しているのに…、かっこいい...。ユーリはフヨウがなぜカツラに惹かれたのかこの時はっきりと理解した。この人のことをよく知らずにこういうことをふいにされてしまうと深みにはまると。 「なんだかんだ言うけど、結局は優しいんだね。そういうの、だめだよ?」 「ん?」 ユーリの言ったことがよくわかっていないカツラはキョトンとしていた。

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