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第279話 18-13
店までの道すがら、フヨウは先ほどまでのカツラとのやり取りを反芻していた。『desvío』でカツラに出会ってからというもの、カツラには肝をつぶされてばかりだ。初対面の衝撃に始まり、ふとした時に見せる緩い笑顔、素っ気無い態度とのギャップに深みにはまり、無理やり抱きつきキスしてしまった。ひどいことをしたにも関わらずカツラはフヨウを許し、投げ飛ばすという方法で仕返しをする子供の様な無邪気さ。同性にも関わらず一人の人として強烈にカツラに惹かれた。これこそ人を愛するということなのだと実感したのだ。
しかしカツラには既に伴侶がいて無理やり気持ちを逸らせようとフヨウはユーリと関係を持った。成り行きとはいえユーリはフヨウのこどもを妊娠しているという。
フヨウは深くため息をついた。こうしてカツラとユーリ、二人を目の前にするとやはり自分が愛おしく恋焦がれているのはあの人なのだと実感する。思いが強いからこそ手に入らない人なのかという皮肉にげんなりしていた。
いろいろと考えを巡らせていたせいか思ったより早く店に着いた。まだ明かりがついている。ドアを開けると、見知らぬくたびれた様子の年配の男がカウンターにかけており、ママの顔は引きつっている。
「ママ?」
なにかおかしいとフヨウの第六感が感じ取る。
「フヨウ、あんた何で戻って来たの!」
ママの狼狽えようは異常で、ママの正面に座る男となにかトラブルがあったのではとフヨウは心配になる。
「ユーリが鍵忘れて」
フヨウは言いながらママの視線の動きに合わせ横を見た。
奥のテーブル席には高級スーツを着こんだ男が二人座っていた。こちらの二人は若い。細身の金髪の男。長めの髪をきちんとセットし上品な雰囲気をまとっているが、彼のブラウンの瞳は氷のように冷たく、ヤバイ空気を醸し出していた。もう一人はずんぐりとした小太り、丸顔の茶髪の男で、童顔のくせに隣の男の空気感をまねようとしているのか、顎を前に突き出していた。
「こちらは?」
男二人に視線を向けたままのフヨウに牽制をかけるように金髪の男がママに尋ねた。
「彼はうちの店の子の友人で。早く忘れ物持って帰りなさい」
男に慌てて説明するママの様子が明らかにおかしい。フヨウを早くここから立ち去らせたいようだ。怪訝に思いカウンターの男に目を向けると、彼の前には権利証のようなものが置かれていた。よくみるとそれはこの店の謄本だ。フヨウはママがなにかトラブルに巻き込まれたのだと気づいた。フヨウがなにか感づいたことに対して男達の対応は早かった。立ち上がり笑みを浮かべフヨウに近づき馴れ馴れしく肩に腕を回してきた。
「お兄さん、早く帰った方がいい。ママさんもこう言っているんだから」
「ママ!」
ママはフヨウの言おうとしていることが分かっているのかフヨウの呼びかけには返事をしないで首を静かに横に振った。ママはフヨウを余計なトラブルに巻き込みたくなかったのだ。
しかしフヨウは男達の言いなりになってたまるかと咄嗟にカウンターの男の前に置かれた謄本を手に取りびりびりと破り捨ててしまった。
後から聞いた話によると、カウンターに座っていた男はママの元亭主だった。金にルーズなこの男はなにかとママを頼り、男を見る目のないママも同情心から度々彼を援助していた。今回も同じような流れで元亭主がママの所に来たのだが、莫大な借金のためとうとうこの店の抵当権を奪うよう借金取りに脅されてきたとのことだった。
このような経緯から彼らの思惑の邪魔をしたフヨウがただで済むはずがなかった。
フヨウがカツラたちの元を離れてから30分以上がたった。男の足で往復で10分足らずの距離のはずがフヨウの戻りが遅い。さすがに何かあったのではと思い、カツラは店に戻ることにした。
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