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第280話 18-14

カツラはユーリと二人、店のそばまで戻った。妊娠中のユーリを気遣い、彼女には店の近くで遅くまで営業しているカフェで待たせる。 一人店に近づくとまだ明かりがついていた。そっとドアを開けるが店内は誰もおらずひっそりとしていた。カツラは耳をすまし、足音を立てずに奥へと向かう。確か奥には裏口があったはず。 なにげなく視線を下にむけると所々に血痕があった。カツラの心拍が僅かに上がる。やはりなにかあったのだと眼鏡を取りテーブルにおく。そして携帯を手に、ある連絡先にメールを送った。 ママのプライベートルームの前を通り過ぎると空気の揺れを感じた。その先にある裏口が開いているようだ。 近づくにつれてぼそぼそと声が聞こえる。ようやく目の前にせまった裏口ドアに手を添え、僅かな隙間からそっと外の様子を伺った。表側とは異なり建物の裏側にあたるせいか人の気配はあまりない。シーンと静まり返った薄暗い空間に一人うずくまる男が目に入る。男は身を護るため頭を抱え身を小さくしている。そんな男になおも足蹴りを繰り返すずんぐりした男。吐き気をもよおしたカツラは目を逸らそうとするが、その時顔を覆っていた男の手がわずかにずれた。足蹴にされている男はフヨウであった。 ガチャ...。 予想外の新な侵入者に暴力を指示していた金髪の男とずんぐりした男が振り向いた。目線の先にはしゃがみ込み涙を流し続けるママと彼女をあやすように抱きしめる年老いた男がいた。 「カツラ...さん。来ちゃ...だめだ」 フヨウはすぐにカツラの姿を確認しここから離れるよう伝える。 金髪の男はカツラを見た瞬間この上ない獲物を見つけたように目をぎらつかせた。隣の男も同じような眼差しをカツラにむける。 「ああ...どうして戻って来ちゃったの!早く逃げなさいっ!わたしのせいでフヨウが...」 ママはおろおろと泣き出した。 「急いで帰ることはない。せっかく来たんだ。君が俺たちの取り分を少し払ってくれるのなら話は終わりだ。俺たちは帰ろう。君は今夜俺たちと一緒にすごすんだ」 男はカツラを上から下まで舐めるように見、舌なめずりしながら続ける。 「夜は長い。楽しめそうだ」 「カツラさん!!」 標的をカツラに変更したことを悟ったフヨウはカツラに逃げるよう呼びかけた。そうはさせるかと金髪の男は小男に顎をしゃくって命令する。彼の意思を理解した男はフヨウに一蹴り加えカツラに近づいた。男はカツラより頭二つ分背が低い。この時カツラを女性だと思っている男は全く警戒心なくカツラに手を伸ばした。 ドスンッ!! 男はかつてのフヨウと同じくカツラの護身術にかかり宙を舞った。一瞬呆気にとられた金髪の男がとりすましていた仮面をはぎ取り悪態をついてカツラに飛び掛かった。手足の長いカツラの方がリーチは長い。また常日頃から体は鍛えてある。男の繰り出すパンチを軽く交わし、腹に重い一撃をくらわす。そのまま倒れた男の顔にハイヒールをめり込ませた。 「このアマッ!!離れろっ!!」 ずんぐりとしている男がカツラの技から予想外に早く回復したようで、年老いた男からママを引き離し、彼女にナイフを突き付けていた。 「いいのか?ママのかわいい顔に傷がつくぜ?」 「ああ...。ごめんなさい、ごめんなさい」 人質になってしまった自らの不甲斐なさを呪うようにママはひたすら謝り続けた。カツラは仕方なく男から足をどける。金髪の男はよろよろと立ち上がりスーツの汚れを落ち着いた様子ではらった。 「まったく。とんだじゃじゃ馬だ。やり甲斐があるけどね」 男は自慢の金髪をゆっくりと整えニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべた。 パチンっ!! 「カツラさん!!」 男はカツラの頬を平手打ちした。かなり力を入れたようでカツラは一言も声を漏らさなかったが殴られた衝撃でよろける。 「おっと。大丈夫か?でも今後の俺たちのためにもお仕置きしないといけないだろう?」 男はカツラの細い手首をつかみ自分の方に引き寄せた。

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