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第283話 18-17
バスルームには今、二人だけ。フヨウは自分の荒い息遣いだけがやけに聞こえるような気がした。
「今日はよく頑張ったな。あちこち痛むだろう?俺が洗ってやろうか?」
「え?」
フヨウはカツラの言った言葉の意味を理解するのに数秒かかった。カツラは妖艶な笑みを浮かべたままだ。フヨウはカツラの体を相変わらず凝視していた。
透き通るような白い肌に薄桃色の乳輪と乳首が目をひく。臍は小さく縦に割れ腰に手を回したいと思わせる程細く美しいくびれ。正面から見ると股間には男性の証拠であるふくらみがある。それさえも少し小さめな下着のため余計に目立ち、とてもエロティックだ。
今目の前には恋焦がれても触れられない愛しい人がほぼ裸でいる。そしてその人は一緒に風呂に入ろうと言っているのだ。こんなチャンスは今後二度と絶対にない。この人の肌に触れたいし触れ合いたい。フヨウの気持ちはカツラの言葉に思い切り傾いていた。
フヨウの気持ちを察したのか、カツラが足を組み替える。それでさえとても性欲をそそる動きだった。つま先まで美しい。フヨウはカツラの足の指の先までしゃぶりつきたい衝動に駆られた。女性とは異なるが見事に均整のとれたまっすぐと伸びた長い足は中性的であるが故の色気がある。その足に頬を擦り寄せ吸い付きたい、抗いがたい欲望にフヨウは絡み取られる。
フヨウが一歩カツラのそばに歩みよる。フヨウの目は血走っていた。粗い息遣いを整えるためフヨウは瞼を閉じる。
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カツラの素肌は同性なのに柔らかくて滑らかだ。体の芯をそそる不思議な甘い香までする。
手を伸ばしそっと頬に振れるとカツラはフヨウの手に自分の手を重ね瞳をとじた。思わぬ肯定的なカツラの反応にフヨウは細い腰に手を回し、カツラを抱き寄せた。
カツラは拒まない。そっと離れ顔を見合わせると美しい翠の瞳と目があった。フヨウより上背が高いカツラは見下ろすようフヨウを無言で見ていた。そのカツラが首を傾げ瞳を閉じた。フヨウはカツラからの誘いに素直に応え赤い唇に吸い付き舌を入れる。もうずいぶん前に味わった細い舌と自分の舌を絡み合わせる。それだけでフヨウは身も心も満たされ、下半身の分身はいきり立ち我慢汁が下着をぬらした。
唇を離しそのまま首筋へと愛撫する。なんと言ってもカツラは今小さな下着を身につけただけ、ほぼ裸なのだ。フヨウははやる気持ちを押し留め冷静に努める。
普段目にすることのないカツラの薄い桃色の乳首に意識がいくと、吸い付き舐めまわしたい欲情にかられる。同時にあの男に汚されたそこを自分が早く消毒してあげなければと思い、唇を這わせた。フヨウは舌一面でそこをペロリと舐める。カツラの体が僅かにビクッと反応した。愛おしくてたまらない。この人の肌全てに唇をはわせたい。
フヨウはカツラの内に入った瞬間果ててしまうと自信をもって言えた。しかしカツラが満足いくまで心地よい愛撫を続け、挿入後もカツラが果てるまで自分は耐えるつもりでいた。生まれて初めて経験する同性同士の営みであるが、最愛の人との行為のためフヨウは期待と幸福感でこれ以上ないほど興奮していた。
「フヨウ?」
「フヨウ??」
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耳に響くリアルなカツラの声にフヨウははっと我に返り目をあけた。
ほんの数十秒だがフヨウは淡い妄想に浸りきっていたようだ。固く瞼を閉じ過ぎたため目がチカチカとした。顔をあげカツラを見る。
カツラはフヨウをじっと見、彼の行動を見守っている。
二人とも同じ体勢で向かい合ったまま動かず時間がたった。
フヨウは今夜のことを思い出していた。カツラがそばにいると思考はいつも彼に夢中だ。気持ちは嘘をつけない。一番慕い思う大切な人を自分のせいで危険な目に合わせてしまった。深く後悔し反省すると同時にカツラと抱き合いお互いの無事を確かめたい衝動に駆られる。
フヨウは意を決して着ているネルシャツをゆっくりと脱ぐ。Tシャツにも手をかけ裾をぐっと握りしめる。視線を落とすと裾にはユーリが施したフヨウのイニシャルの刺繡がある。よくあるデザインのTシャツだから間違えなくさないようにとユーリが印をつけたのだ。
フヨウは刺繍を見ているうちに今夜自分のことを心配し泣き叫び抱きついてきたユーリのことが頭をよぎった。出会いはイマイチだったが、ユーリとは波長が合い一緒にすごす時間は楽しかった。ひょんな成り行きから深い関係になりユーリは自分の子供を妊娠しているという。そして今では共に暮らしている。フヨウは今までここまで踏み込んだ関係を持った女性は一人としていなかった。
フヨウは目の前に立つ愛しい人を改めて見る。彼は今までずっとずっと素っ気無かった。何故今このような行動をとっているのか。
徐々に理性を取り戻しつつあるフヨウはカツラを再び改めて見た。カツラの眼差しはなんとか耐えろと切望しているようだ。見守るようにゆらめく翠の瞳を見ていると、フヨウはようやく事の真相に思い当たる。
カツラは試しているのだ、自分のことを。ユーリへの気持ちを確認しているのだ。
そうわかった瞬間、霧がゆっくりと晴れていくようにフヨウは頭がはっきりとする。まるで抜け出せない悪魔の迷路から解放されたような感覚。
迷いが消えたフヨウの瞳を見て、カツラの眼差しは大丈夫だなと語りかけていた。
「カツラさん、俺...」
「着替え置いてさっさと失せろ。風呂に入れないだろっ」
カツラはフヨウをしっしと手であしらいながら言い放った。
「はい。ゆっくり休んでください」
フヨウはようやくバスルームをあとにした。
大人しくバスルームを後にするフヨウの背中を見送りながらカツラは全身脱力する。自分からけしかけたことだが、かなり緊張していたようだ。
フヨウのやつ、ドギマギさせやがって。マジでビビるだろ。抱きついてきたら放り投げてやるつもりだったけど。カツラははぁとため息をつくと共にふっと笑った。
フヨウはそのまま急いでトイレに駆け込む。ズボンと下着を下ろし、カツラにあてられ反応した分身を握り締め激しく扱き始めた。
「っ!!」
カツラへの思いを自身の体液とともに吐き出す。外に漏れないよう快感の息遣いを抑える。立っていられなくなったフヨウはドサっとしゃがみ込みしばらくその場にうずくまった。
「さっきママと話したんだ。ママの方も心配ないって。カツラさんに渡せた?」
ママと長電話をしていたユーリはカツラとフヨウの際どいやり取りやフヨウがトイレで行った秘密の情事に全く気付いていない。フヨウはそんなユーリをそっと背後から抱きしめた。
「どうしたの?フヨウ?」
フヨウからこのような抱擁が初めてのユーリはこみ上げる嬉しい気持ちを隠しながら尋ねた。フヨウは何でもないとごまかし、腕の中にいるユーリの存在を確かめた。
不思議な気持ちだった。気づかないうちにユーリが大切な存在になっていた。こんなに自分のことを思ってくれる人はいない。フヨウはユーリが自分のために流した涙に深い愛を感じていたのだ。
カツラが風呂から上がるとフヨウは小さないびきをかきソファーでぐっすりと眠っていた。そばに腰かけるユーリは生まれてくる赤ん坊のために手作りのスタイを作っているようだ。もう二人は大丈夫だと確信したカツラは家にかえることにした。
「もう遅いんだからと泊まっていけばいいじゃない?」
「タイガが心配するからな。連絡したらそろそろ着くって」
「ええ!!いつの間に?!」
カツラはユーリの隣にしゃがみ込み手作りスタイを覗き込む。
「なかなか上手いじゃないか」
「針仕事には自信あるんだ。フヨウの服、やっぱり合わなかった?」
カツラが立ちあがるのを見てユーリが言った。フヨウから着替えにと借りたジャージはぶかぶかだが長身のカツラには丈がやはり短かった。
「いいよ、もう帰るだけだし。明日は休むようにフヨウに伝えて。その後は診断結果次第だな」
しばらくしてタイガが到着した。見送りはいらないと言ったが譲らないユーリとカツラは外に出た。タイガは車から駆け下り、心配でたまらないという表情でカツラの元に駆けよった。
「カツラ!!」
「タイガ。悪いな、迎えに来てもらって。彼女はユーリ。フヨウの未来の奥さんだ」
「え?あ、どうも初めまして」
奥さんと紹介されユーリは嬉しさと恥ずかしさで俯き小さな声であいさつをした。タイガもぎこちなく挨拶をする。
「フヨウは大丈夫なのか?」
カツラからフヨウの状況を聞いていたタイガが尋ねた。
「まあ、おそらくな。じゃ、おやすみ。いつまでも外にいると体に悪い」
さっさとユーリを家に戻しカツラはようやく車に乗りこんだ。全く長い一日だった。
ほっとしふと隣のタイガを見ると彼もカツラを見ていた。タイガの瞳は濃いブルーをしていた。
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