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第298話 19-7

「いらっしゃいませ。タイガさん、お久しぶりです」 久々の『desvío』は賑わっていた。タイガがいつも座る場所はかろうじて空いていた。ウィローが接客にあたる。タイガは一番端のカウンターに座る。 「カツラ、いる?」 「いますよ。今日は厨房だから。もう少ししたらオーダー落ち着くと思うんで」 「うん、急がないから」 今夜ウィローが勧めてくれた酒はミードと呼ばれるハチミツの醸造酒だった。 以前カツラと一時別れたとき、カツラが歪な酒瓶に入った甘い酒を出してくれたことを思い出した。あのときはカツラに会いたくて会いたくて仕方がなかった。触れたいのに触れられない、気持ちが通じている感覚もなく不安の毎日だった。 今は婚姻も結び毎日カツラと共にすごしている。タイガはその現実に改めて感謝した。 急がないからとウィローには伝えたが、初恋にのぼせた少年のように早くカツラにあいたくて仕方なかった。 店は慌ただしく、ウィローも行ったり来たりしながら接客をこなしている。タイガは携帯を見ながらちびちびと酒を飲みあてを口に運び時間をやりすごした。 「いらっしゃい」 心に響く声にパッと顔をあげると目の前にはカツラがいた。少し疲れたような笑顔をうかべて。 「珍しいな。最近ご無沙汰だったのに」 カツラはそう言いながらタイガの空いたグラスにミードを注ぐ。タイガはカツラから目が離せず心臓はドキドキと自分でもわかるぐらいに鼓動を激しくしていた。 あの日から共にベッドで休んでいるが、セックスはしていない。こんなに長く肌を触れ合っていないのは初めてのことだった。 カツラの態度は至って普通だったが、そんな気持ちじゃないと見えない壁のようなものを感じ、タイガから積極的に触れることができずにいた。それを証拠に今日までカツラからのアクションもないのだ。 「あの…。おかわりいただけます?」 タイガのとなりに座っている二人組の女性客が頬を染めながらカツラに注文する。初めて店を利用した客なのかもしれない。カツラの姿に衝撃を受けたようだ。 カツラはかしこまりましたといつも通りの最高の笑みを浮かべ女性客二人のほうの接客に回る。 今夜のおすすめの酒、ミードの説明、ここは初めてなのかなど世間話をしながら料理をもてなす。知らぬ間に客たちのオーダーがすすんでいく。タイガはさすがだと感心しながら横目で見ていた。 思い返せば付き合うまでの間、カツラがタイガにオーダーをとることはなかった。一杯の酒だけで数時間すごすこともあったのだ。 「腹は減ってない?あまりすすんでないな?」 となりの接客が落ち着いたところでようやくタイガのもとにカツラが戻ってきた。サービスだろうか、旬の野菜のマリネがもられた繊細な透明の小鉢を差し出した。 「今日は早番だろ?一緒に帰ろう?待っているから」 カツラは一瞬驚いたようにタイガを見つめた。まさか断られるのかとタイガは身構えた。 「わかった。ここで夕飯すませるか?」 「いや。自宅で一緒でいいよ」   今朝も共に朝を迎えたというのにおかしな気分だった。外でこうして距離を置いて対面するとカツラがより魅力的に見えた。触れたいのに触れられない今の状況のせいで余計にそう感じるのかもしれない。 肯定的なカツラの返事に安堵したタイガはようやく味わいながら酒と料理をたしなむ気持ちになれた。一息ついたところでベラとの件を切り出そうとする。 「カツラさん」 カツラと持ち場を交代していたウィローが申し訳なさそうにカツラを呼んだ。 「中?」 「すみません、ちょっと」 先程4.5人のグループが三組ほど入ってきた。先客の追加オーダーと重なりオーダーがたまってきたようだ。 「タイガ、ゆっくりしていって」 カツラはそういって厨房のほうに戻ってしまった。

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