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第299話 19-8

カツラが帰る時間になった。店はまだ営業中だがだいぶ落ち着いてきていた。カツラが店内に入るとタイガはウィローと話しながら酒をのんでいる。カツラが出した小鉢だけでねばったようだ。 「お疲れ。あがるわ」 「カツラさん、お疲れ様です」 「カツラ」 「ウィロー、タイガの分、俺につけといて」 カツラはタイガに行くかと目配せをしカウンターを出る。タイガはウィローにご馳走様と挨拶をし、そそくさとカツラのあとを追った。 外に出ると時間が遅いせいか人はまばらだった。カツラとタイガは並んで家路につく。 「カツラ」 タイガはカツラの手を取った。カツラはふいにタイガを見、微笑む。手をつないで帰ることに異論はないようだ。五本の指を絡めて手を繋ぐ。久しぶりの触れ合いだ。 「カツラ。ベラと今日話したんだ。人工受精の件はきっぱりと断ったよ」 タイガは繋いでいる手をぎゅっと握りしめる。絶対に離さないというように。カツラもそれに応えるように握り返した。 「そうか」 「共同業務の件も担当者と意見交換して不適切という判断になったんだ。その資料を取りまとめるために時間がかかってしまった。でももう大丈夫だから」 「おまえ、忙しそうにしていたもんな。疲れてるんじゃないか?」 「全然。早くケリをつけたかったし。それに今夜カツラの顔を見た瞬間疲れなんてとんだよ」 カツラが横目でタイガをチラリと見ると、タイガは褒めてくれといわんばかりに目を輝かせてカツラを見ていた。まるでご主人様に甘える忠犬のようだ。タイガがかわいくてたまらない。カツラは胸が締め付けられた。 ベラとの一件以来、カツラはあえてタイガに積極的に触れていなかった。 タイガに悪気がないのは重々理解していた。しかし、今回の件で少なからずカツラは傷ついたのだ。心の傷が癒えるには時間が必要だったし、タイガにベラに対して毅然とした態度をとってほしかった。今日まで気づかないふりをしていたが、ぎこちない空気が漂いお互い相手の出方を探っているような感じだった。タイガがどうしたいのかわからなかったし、こういう時自分がどうすればいいのかわからなかった。 タイガが慌ただしく毎日すごしていたのが自分のためであると今耳にし、ようやくカツラの胸のつかえがとれた。 「なかなかうまく言うじゃないか。腹も減ったし早く帰ろう」 「うん」 玄関に入った途端、タイガがカツラを背後から抱きしめた。 「タイガ」 タイガの名を呼び振り向いた途端カツラは唇を奪われ貪られた。およそ十日ぶりのキスだ。 「んっ…、タイガ、汗かいているから。シャワー浴びたい」 「嫌だ。我慢できないっ!」 「タイガ…」

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