301 / 312
第302話 番外編1 トリス、森のレストランへ行く
都会から数十分しか移動していないが、ここは別世界だった。駅の西側は開発が進んでいるが東側は手付かずなのか昔ながらの煉瓦作りの家が立ち並んでいる。どこかなつかしいようなキャラメル色の街並みをしばらく歩いていく。街並みが終わる頃には目の前に一面の花畑の世界が広がる。菜の花だろうか、黄色い花はコンクリートの道の両側に絨毯のように広がっている。この緩い坂道を上がっていくとやがて行手を遮るように大きいが浅い川に行き着いた。石造のアーチ橋の向こうには森林が生い茂っているが、きちんと舗装された白い道が見えた。小高い丘になっているのか遠目からでもその視界の先に建物が見える。キューブをランダムに組み合わせたような真っ白い建物だ。四角く区切られたスペースはそれ自体が一つのルームになっているのか、まだ昼前だが壁一面程の大きな窓からはオレンジ色の暖かい灯りがともっていた。
「あそこだな。タイガのやつ、絶対後悔させないって言っていたけど」
トリスは不思議の国に迷い込んだようにキョロキョロとあたりを見回しながら歩いていく。
「だからさっきハイヤーにのればよかったのに」
道が正しいのか不安そうにさっさと歩くトリスに小走りで追いついたボリジィが愚痴る。
「ラフな格好でいいって言っていたけど」
「だろ?さっきのやつら、めちゃくちゃめかし込んでたじゃん。同乗したって居づらくなるだけだって」
今から二人が向かうレストランは最寄りの駅に送迎のハイヤーを用意していた。数グループが一緒に乗車できるようにとリムジンであった。
それにも驚いたトリスたちであったが、ハイヤーに乗車する面々がみなドレスアップしていたのだ。タイガから今夜のドレスコードはカジュアルだと聞いていたトリスたちは動揺しそのまま徒歩で現地に向かうことにしたのである。
「スニーカーでよかったわ。そもそもこんな服装じゃなかったらハイヤーに乗れてたわけだけど」
「ハイヤーだったらぐるっと回り道だろ?さっきの風景にはお目にかかれないぜ?」
「それもそうね。花畑、綺麗だったわ」
お互いにここまでの感想を述べながら白い道を歩いていく。数分するとようやく建物が目の前に現れた。
しっかりと白いコンクリートで舗装されたスペースにはこれみよがしにリムジンが数台停まっていた。
森の中に突如現れたような無機質な建物は意外にも違和感なく風景に溶け込んでいた。それぐらいこの建物の外観がまるでドワーフが地下から地上の様子を伺いにくるため目立たないよう工夫し作った建物のようなのだ。遠目からは白い建物としからわからなかったが、所々にツタがおいしげり、自然と融合しているように見えた。
「かわいらしいわね」
思わずボリジィが感想を声にだした。
「小人の家みたいだ。リムジンをのぞけば」
二人は確かにと笑い合い手を繋ぎ入口に向かった。
木製の大きなドアを開け低い天井のロビーに入る。リラックス効果を誘う森林の匂いに包まれる。受付には民族衣装のような派手な刺繍が施された白い服を着た若い女性がいた。
トリスはタイガの名を伝える。タイガは先に着いているようでトリスとボリジィは席に案内された。
洞窟のように天井は低いが不思議と圧迫感はない。それは四方に張り巡らされた大きなガラス扉のせいだとわかった。今ガラス扉は全て開放され、心地よいそよ風が吹き込んでいる。程よく観葉植物や色とりどりの花々が飾られた店内は抜群の癒し効果があった。
キューブのような作りなので、それぞれがテラスのような作りなのだ。そこに薄い木製テーブルと華奢な椅子が置かれ数組の客が既に着席し、食事を嗜んでいた。トリスたちの心配はよそに彼らもカジュアルな服装だった。
「さっきの客たちはどこに消えたの?」
「さぁ?」
トリスたちは自分の席にたどり着くまでいくつかの角を曲がった。
「あちらになります」と店員が指し示した席にはタイガがいた。そして彼のとなりに座る女も。
トリスたちに背を向けて座る二人の距離はとても近い。よく見るとタイガはテーブルの上に置かれた女の手をにぎっているようだ。額を合わせる程の距離で話をしている二人はトリスたちがその場に到着したことを気づいておらず、そのままキスをした。
「まぁ…」
ボリジィが口に手を当て声に出してしまうほど、濃厚なキス。トリスはわけがわからなかった。タイガは女性が苦手なはずだ。つい先日そのことは変わらずだと確認したばかりである。そんなタイガを変えたとなりに座る女は一体何者なのか。
ともだちにシェアしよう!

