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第306話 番外編5 トリス、ロックオンされる
視線を落としたため伏せたまつ毛の長さが余計に目立つ。その影が肌に落ち、言い表せない色気があった。ずっと見ていたくなる顔。神のいたずらか偶然にも全てにおいて均整がとれたこの人物、カツラは友人タイガの所有物である。そう思うとトリスはなんとも言えない気分になった。
「あ、えーっと。なに?」
この人物には気をつけなければ。油断をすると狂気に引き込まれる。そう本能的に危機感を悟ったトリスは本心を見抜かれないように返事をした。
「タイガのこと、聞きたいんだ。カエデのことも知っている」
「ああ、カエデな」
「実際に会ったこともあるんだ。たまに電話もするし」
「え?」
「驚いたか?トリスがタイガにサクラを紹介したんだろ?サクラの姉と俺は友人だ」
「はあ?!」
カツラの口から出る話にトリスは驚かされた。今日はこのカツラに驚かされてばかりだ。
カエデとも付き合いがあり、サクラとも繋がりがあったとは。
「トリスには感謝しないとな。おかげでタイガは女嫌いになった」
ふふふと笑いながらカツラが言った言葉にトリスは固まってしまった。タイガが一方的にカツラにぞっこんなのだと思っていたが、どうやら見当違いのような気がしてきた。
「タイガはあんな外見だから女受けがいい。おまけに穏やかだし。サクラ以外の女子からのアピールはなかったのか?男子校だろ。そのへんどうだったのかと思って」
どうやらカツラはトリスからタイガのあれやこれやを聞き出すつもりのようだ。
「それ知ってどうするわけ?むかしのことだろ?」
「昔のことでもタイガのことなら全て知りたい。おかしいか?」
何が悪いと言い切りトリスを見るカツラは凜とした美しさがあった。この男なら言い寄られたら断ることはできない。ノーマルなやつでも新たな一歩を躊躇なく踏み出してしまうだろう。トリスは自分はそうはならないと言い聞かせるように軽く咳き込み視線をカツラからそらした。
「そうだな。あいつ、鈍感だから」
それがなおさらいいのだと、なんとか連れ出してくれと当時付き合っていた彼女の友人たちからトリスはことあるごとに催促された。しかし、サクラとの一件で懲りていたタイガはその誘いに決してのらなかった。カエデと親しくなってからは言うまでもない。
トリスはカツラが望むままにタイガのことを言って聞かせた。カツラはタイガのことを事細かに聞きたがった。こんな機会は滅多にないからと。
話しているうちにトリスにはカツラに対する免疫ができたようだ。最初こそカツラの外見に圧倒されたが、内面は普通の男と変わりない。身構えた相手が意外にもそうでなかったときの安心感、安堵はかなりの好印象を心に刻み込む。その上会話のテンポもよく、聞き上手ときたら楽しくないはずがなかった。しかも見ていて飽きない容姿。知らぬ間に独占欲に似た親近感が芽生え、気づくと昔からの友人のように笑いを交え話していた。
「どうしたんだ?」
さすような声にトリスとカツラが振り向くと、タイガが普段とは様子が違う感じで立っていた。
カツラから聞いたところによると、このレストランが気に入ったボリジィのためにレストランに詳しいタイガがレストラン件プライベートゾーンの案内を買って出、ボリジィと散歩がてら出ていたらしいのだ。そのためカツラがトリスの話し相手になったのだった。
そのタイガたちが戻ったようだ。
タイガの背後にはボリジィが楽しそうね、わたしも混ぜてと自分のグラスに並々と酒を注いでいるところだった。
「タイガ。案内おわった?」
「うん。カツラは?なにしてたんだ?」
タイガは硬い表情で言いながらテラスに来、背後からカツラを抱きしめた。
タイガがカエデにこんなことをしたことはなかった。いつも紳士ぜんとしていて、同級生の中では落ち着いていて余裕のある男だった。しかし、いまのタイガにはその余裕がまったく感じられない。強くカツラを抱きしめ首元に顔を埋める姿は大好きな母親を奪われ甘えている幼子に見えた。
「こら、タイガ。どうしたんだ?」
カツラはそんなタイガをあやすように片手でよしよしとタイガのあたまを撫でていた。
「トリスっ!」
ボリジィがなにやってるの、気を利かせなさいと言わんばかりの表情でトリスを手招きした。トリスははっとし、慌ててテラスから室内にもどる。
後ろを振り向くと、タイガとカツラは濃厚なキスをしていた。
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