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第311話 19-14

「さっきは悪い。自宅についてから言うつもりだったんだけど」 「あ…、うん。驚いたけど。俺のために言ってくれたんだろ?仕事だもんな」 帰り道、カツラはタイガにオブラートに包まずに話してしまったことを詫びた。タイガはカツラが心配するほど気にはしていないようだ。 「でも、普通に食事するぶんには悪くないだろ?」 「それはもちろん。あの人は…いろいろとうまそうだ」 「え?」 「オーナーさ。お前、気をつけろよ?」 「カツラ、警戒しすぎだよ。かなり感じのいい人だから作ってるのかなって俺も最初は思ったんだけど。あれが素だからさ」 タイガのケリア贔屓は変わらず。カツラはタイガに気づかれないようにはぁとため息をついた。 -ー--ー--ー--ー--ー--ー--ー-- ここはケリアの店から一番近い酒場だ。昼間もオープンしているらしいが客足はまばらである。と言っても今カツラがいるのは二階に設けられた個室。お忍びで会う人以外は利用しない。そこはこの酒場の店主が故意にしている者しかその存在自体知らないプライベートルームなのだ。 彼に連絡をするとこの場所を指定された。まもなく約束の時間である。 「いつものように頼むよ。うん、うん。まかせておいて」 階下から男の声がする。店主と話しているのだろうか。階段を登っているのか声が次第に大きくなる。 「やぁ、お待たせ」 パーテーションごとに仕切られた青いカーテンをめくりケリアが顔を覗かせた。 「どうも」 「素っ気ないなぁ。久しぶりと言った方がいいのかな?」 話しながらケリアは正面の席に座る。相変わらず馴れ馴れしい態度にカツラが片眉をあげた。 「その癖なおってないんだね。相手がとりこになるからやめろってアドバイスしたのに。それにしてもカツラ、会えて嬉しいよ。会いたかった」 ケリアはテーブルの上にあるカツラの手に自分の手を重ねた。もちろんカツラはさっと手をひっこめた。 「どういうつもり?タイガになにをした?」 「なにって。なんのこと?」 カツラは頬杖をついて探るような眼差しをむけた。 「おかしいと思ったんだ。あまりにもあんたのことをベタ褒めだったから」 「ちょっと。人を詐欺師みたいに言わないでよ?僕は誓ってなにもしていない」 「じゃぁなんで俺と初対面のフリした?やましいからじゃないのか?」 「それは君だって。僕とのこと、彼には言っていないのかい?」 即答しないカツラにケリアは含み笑いを浮かべる。 「もしかして、タイガくんヤキモチやきとか?」 押しだまるカツラをからかうようにケリアがはははと微笑む。この男は昔からそうなのだ。人の懐に入るのがうまい。知らない内にコントロールされてしまう。カツラも痛い目にあったのだから。 「大まかにタイガには話したことはある。ただあんたが元彼だとは告げていない」 「カツラ、昔みたいに名前で呼んでよ。あんただなんて。仮にも素で愛し合った仲じゃないか」 「そうだよな。俺を騙して中でニ回も。俺はまだ許していないし、あの時信用した自分をずっと罵ってるさ」 「どうか根にもたないでほしい。愛しているから仕方なかったんだ。全部受け止めてほしかった」 「違う!あんたは自分が満足したかっただけ。俺はあんたのものじゃない」 「やめよう。せっかく再会できたのにこんな話。まさかこの出会いも僕が仕組んだなんて思っていないよね?」 「それは…。そこまでは思っていない。ただタイガへのマインドコントロールは解いてほしいんだ」 「マインドコントロール?」 絶対に意図的に誘導しているはずだ。目の前にいるケリアは医師免許を持っている。専門は内科だが、心療内科の資格も持っている。代々内科を専門にしてきた家系であったが、ケリア自身は人の内面に興味があると話していた。そのため独学で深層心理についてかなり勉強したと以前語っていたのだ。どうすればその人の信用を勝ちえるのか手に取るようにわかると。 絶対にはぐらかさせないとカツラがじっと見るとケリアも見つめ返してきた。数十秒間無言の押し問答が過ぎるとケリアがふっと笑い目をそらした。 「本当に美人だね。昔より色っぽくなった。タイガくんのおかげかな?まさか男性と結婚するなんて」 「話、晒すなよ」 「僕の手解きがよっぽどよかったのかな?初めて中イキしたときのカツラ、かわいかったなぁ」 「おい!」 マイペースで話すケリアにカツラがバンと両手でテーブルをたたいた。 「そんなに怒らないで。せっかくの再会なんだから昔を思い出したっていいだろう?」 何を言ってもケリアには響かない。自分の都合のいいことしか心に留めず、自分のいいように物事を解釈する。カツラはかつて数ヶ月でもこの男と付き合っていたことが信じられなかった。若さゆえケリアの上部しか見えていなかったのだ。 「とにかく、今後一切タイガに関わるな。レストランとの提携も他の店になる」 「はいはい」 ケリアはカツラの剣幕をよそにおどけたように肩をあげてみせた。カツラはこれ以上話しても無駄だと割り切り、立ち上がって店をあとにした。

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