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𝐷𝐴𝑌 𝟙𝟙 ⇨ 𝐷𝐴𝑌 𝟙𝟚
黒雲がかかった須野海岸にサーサーと霧雨が広がり真っ昼間だと言うのに視界は暗い。
天気予報も一日中、傘マークを表示していてそれを知ってか遊泳客はほとんどいない。
浜辺の海の家のテラス席も撤収してビニールシートをつけるなどの雨対策で営業していた。
それでもライフセーバー警備本部は通常稼働だが晴れの日と比べ少人数で黄色い制服がパトロールをしていた。雨を吸った湿った砂は足取りを重くし歩くペースを落としながらも、わずかな異変に気付けるように気を配る。
「戻りました」
「じゃ交代しよっか」
パトロールの順番交代で東が本部の室内から外へ出ると誰かが傘をさしてこちらに向かって歩いてくる姿が見えた。
「あれっ麻比呂くん、どうしたの?」
『東くん、これをお父さんから。差し入れみんなで食べてだって』
「嬉しいなありがとう。今日はお店暇?」
『うん。お父さん、客が来ると思って調子に乗って作りすぎたんだよ。雨だってわかってんのにさ』
連日の盛況ぶりの勢いそのまま用意した軽食はさすがに平日の雨の日にはなかなか売れずに、紙袋に入れて渡して来いと手渡された。
『それと、つばさくんに用があるんだけど今日はいない?』
「ああ、つばさならやってるよ。ほらあそこ」
東が差した指先には沖で数人がサーフィンをしていて、ウェットスーツとボードの色でつばさがいる事にも気付いた。休みの日もどこかしらの海に出没しているつばさは根っからの海男。
『ホントだ。ちょっと行ってくるね』
そう言ったものの麻比呂の視線は本部の中に向けられ、室内にいた二人の顔を確認して"違うか"と少し落胆した表情をする。
「ん?何?他に誰か探してる?」
『あっ、、いや別に!』
麻比呂が無意識に探してしまったのはあの日、車に乗って初対面にも関わらず帰った後もなぜか気になっていた礼の事だ。
でももし今ここにいたとしても何を話すでもない。そもそもあの日も仕事中のパトロールの一環で送ってくれただけで、顔すら覚えられていないかもしれない。それなのにここに来ればまた会えるかもと心の奥で少し期待していた。
サーファーにとって今日のような緩い雨の日は遊泳客が減り、しかも海面は整っていて絶好のコンディションと言える。つばさは喜んで朝早くからずっと沖に出っ放しだ。
遠くの浜辺からしばらく、つばさのライディングを見ていた。つばさは兄の樹未斗とサーフィン仲間でもあり、親友のような関係で麻比呂の事も弟のように可愛がっていた。
「麻比呂っ。どうした?」
しばらくやっと浜に戻ったつばさは麻比呂の姿を見つけて近寄る。つばさは屋根の下に乱雑に置いた荷物の中からペットボトルを取り出してグイッと飲み欲した。
『みんなに差し入れとお父さんからの伝言あって。あー…そう言えばつばさくんが波乗ってるの久々に見た気がするね』
「そうだっけ?今日は遊泳客もほとんどいなくて気を使う必要もないし、適度な風もあってオフショアで最適なんだよねぇ〜面もツルツルー…」
濡れた髪を掻き上げながらサーフィンバカを自負しているつばさの口は止まらない。いい波に出会えて技が決まった時の快感は、全てのサーファー共通だろう。
「あっ、悪いっ俺また一人で喋ってた」
『そんなの前からじゃん、もう慣れてる!』
「何だよ〜それっ。麻比呂、だんだん辛口で生意気になってきんじゃねぇか?出会ったときの麻比呂は可愛かったぞ」
『大丈夫、こんな風に言うのつばさくんにだけだから。あははっ』
「おいっ、余計にダメじゃねぇかよ!あーそれでおじさんからの伝言って?」
『注文したやつ届いたからって、いつでもいいからお店来てよ』
サーフィンの用具も多少扱っているRock the Oceanのショップでつばさは昔からよく取り寄せ注文をしている。
「そっか!じゃ今日の夜行こうかなー。最近しばらくお店飲みに行けてなかったし、今日なら東も遅くまでパトロールの必要ないって言ってたから一緒に行けそう」
『わかった、お父さんに伝えとく』
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