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𝐷𝐴𝑌 𝟙𝟙 ⇨ 𝐷𝐴𝑌 𝟙𝟚 ⑧
ハァハァと息が切らして走る。人の姿がほぼない午前5時半、鳥の声に合わせるように靴音が聞こえて無我夢中で腕を振っている麻比呂。
久しぶりに履いたランニングシューズはまだ足に馴染まなくて少し踵 が痛む。
昨夜自宅に帰ってきたのは、深夜1時頃。それからなかなか寝付けずにベッドの上で何度も体制を変えながら、やっと眠りに入ったと思えばすぐに目が覚める。
何故かそのままじっとしていられなくなり衝動的に普段やらないランニングなんてやる気になって今に至る。
「ハァ、、ちょっと休憩」
そう言って目の前のコンビニに入る。誰もいないガランとした店内でスポーツドリンクを手にしてスマホをかざして支払う。
外に出てカラカラの喉に染み渡らせるように一度に半分を一気に飲み干した。コンビニ入口付近のガラスの張り紙に目を向けた。
『須野花火大会ー…そんな時期か、、』
毎年8月下旬に行われる須野の花火大会。子供の頃から夏休み最後の楽しみとして家族で観に行くのが恒例だった。
しかしここ何年かカフェをオープンさせてから人で賑わう忙しいその日はお店の中から聞こえる花火の音を楽しむ程度で終わっている。
花火を見る以上に楽しみだったのが近くの公園に出される屋台や露店。この日ばかりはお小遣いも奮発して貰える。小学生には大金の千円札握りしめて兄の後ろをずっとついていく。
"麻比呂、何が食べたい?"
"お兄ちゃんと一緒の"
"自分の食べたい物言えよ"
"だってお兄ちゃんと一緒がいいんだ"
"自分で決めないと。俺がいなくなったらどうするんだよ"
"兄ちゃんはいなくなったりしない。ずっと側をついてくんだ"
そんな会話をして兄と同じものを食べ同じものを買って真似っこをする。それだけで兄に近づけた気がして、お祭りでクラスメイトとバッタリ会おうものなら兄を見て羨ましがられて翌日、得意げな顔で登校する。
所詮は狭い須野の町、海の側で生活していれば兄の活躍は誰でも知っている。
「あぁ、、暑くなってきたー…帰ろ」
半分残したペットボトルを手にしてへ来た道を引き返す。蝉の声が体感温度を更に上げて、普段やりもしないランニングで案の定、膝と太ももに痛みが襲って家に着く頃にはウォーキングになっていた。
「おっ?麻比呂、こんな時間にどこに?」
『いやちょっと、、走ってきただけ』
「朝のランニング!?麻比呂が?なんだ珍しい事して!今日は雪が降るか!?」
『うるさい。それよりそこで何してんの?』
「ん〜?ちょっと探し物をな」
そこと言うのは家の庭にあるコンテナハウス。10畳のスペースに所狭しとかれたサーフボードが立て掛けて他にもサーフ道具が綺麗に整頓されてしまわれている。
そして眩しいほどにずらっと並んだトロフィーの数々。刻まれた名前は"由井樹未斗""KIMITO YUI"と海外での大会でも結果を出していた痕跡が光っていた。
次第に増えていくサーフ道具を置く場所として建てたコンテナハウスだが、そのうちテレビや空調設備も着いて樹未斗の部屋になった。そのままの状態で時が止まった部屋は不思議な空間だ。
「おーあった!あった!」
『何?ウェットスーツ出してどうすんの?』
「あげようと思ってな」
『えっ、、っ、あげるって誰に!?』
父親の話を聞くと数日前、麻比呂がいない日にRock the Oceanを訪れた中学2年生の男の子が樹未斗のファンで、影響受けサーフィンを始めお店の噂を知って遥々遠くから1人で来たと言う。
彼の話を聞いているうちにウエットスーツをあげる話になったそう。
『だからってさ、何であげんの?』
「やっぱ嬉しいじゃねーか。親として息子に憧れてわざわざ3時間かけて店まで来てくれたんだ。でもその子は親にサーフィンするの反対されて隠れてサーフィンやってるらしくてな、道具も自分で買うしかないんだって。聞いたら身長も同じだし体格も変わらないから着れるだろうって」
『でもこれお兄ちゃんのだし。お父さんは良いわけ?そんな簡単に手放して』
「このウエットスーツは結局1度も着なかった新品だろ。眠らせておくのももったいないし」
『でもさー…』
「そんじゃ麻比呂が着るか?」
『いや、、それは、、』
「だろ?じゃ彼にあげる!……樹未斗だったらさ、そうしてくれって言うと思うんだよな」
手に持ったウエットスーツを見てそう言った父親の横顔は切なくも未来を見ていた。この部屋に樹未斗の姿がなくなって6年経ち、どこかでその現実から目を逸らしたいのは家族みんな同じ。
それでも少しずつ立ち直っている、、麻比呂以外は。
「じゃぁオープンまでには店来いよ。今日は晴天だ!忙しくなるぞー」
『あ〜もう!わかったから頭触んないでっ』
麻比呂の寝癖の髪をぐしゃぐしゃっとして父親はウエットスーツを折りたたんで部屋を出た。ここにある物、一つ一つに思い出や歴史がある。
それを見る度にまたここにいつか戻ってくるんじゃないか、サーフボードを持って海岸に行って濡れたまま帰ってくるんじゃないかと思わせる。
本当の意味で死を受け入れる日は来るのだろうか。夏はいつもそんな質問を投げかけ、海はその答えを出そうとする……前に進めと。
だから海が嫌いだ。
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