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𝐷𝐴𝑌 𝟙𝟛 ⇨ 𝐷𝐴𝑌 𝟙𝟠 ⑧
浜津井海岸の大会から3日が経ったこの日、Rock the Oceanは夕方早々にお店を閉めた。
"本日の夜営業 明日はお休みします"と張り紙をして店の外に出た3人。
「それじゃしっかり留守番頼んだ」
『わかった』
「ちゃんと鍵閉めて知らない人が来ても出るんじゃないぞ!なーんてなっ」
車に乗ろうとドアを開けながら振り返って麻比呂に言った父親は遠足前の子供のようにはしゃぎ、いつものTシャツ姿ではなく着慣れないジャケットを身に着けている。助手席からは母親もそんなやり取りを見て笑顔だ。
『もういいから早く行けば!?予約8時だっけ?』
「そうだった!」
『泊まりなんだしゆっくりしてきてよ』
「何だ?俺たちがいない方が嬉しいみたいだな。女子連れ込んだりするなよ〜」
「パパいいんじゃない?麻比呂だってもうそうゆう歳だし、ねぇ〜」
『そうゆう相手いないから。じゃいってらっしゃい』
珍しくお店の書き入れ時期に店を休みにし、父親が上機嫌な理由は今日が夫婦の結婚記念日だからだ。都心の高級ホテルのディナーを半年前から予約し、宿泊で観光の計画も立て楽しみにしていた。二人のそんな絡みをするりとか交わし手を上げて走り去っていく車を見送る麻比呂。
『、、今日は一人か』
家族経営のカフェで働きそこから徒歩圏内の実家に住む。高校卒業してからのこの4年間、毎日限られた範囲だけの生活でも不満はなかった。
ただ最近は心境が少しずつ変わってきていて"このままでいいのか"なんて漠然とした不安に駆られる時がある。
自宅へと帰る道の途中、日の入りまであと1時間あると言うのにすでに雲に覆われた薄暗い空は夜の雨予報の気配を出していた。
そのせいか人も疎 らな須野海岸。昼間にいた海水浴客達は早々に切り上げて帰ったようだ。そんな人気 の減った海岸に黄色と赤の服が見えて麻比呂は立ち止まって遠目から見る。
『あっ、、あの人』
すぐに礼の姿だと分かってしばらく見ていた。
机を運んだあの日の帰りに"海が嫌い"なんて言ってしまったのが会った最後。
遠目から見る仕事中の礼はやはりどこかまだよそ者の様で須野に溶け込んでなく見えるのは色メガネで見ているからなのか。だけどたったひと夏限り、この街が肌寒くなる頃にはここにはもういない人。
『別に関係ないし』
そう言って自宅へ足早に帰っていく麻比呂。家に着いても何もする事なくいつも通りダラダラとテレビを付けてどうでもいい番組を何の感情もなく見るだけ。
『なんかお腹も空かないな』
ベッドの上でスマホをいじっても興味を駆り立てるものはなく釈然 としない日々。浜津井から帰ってきてからずっとこの調子だ。誰もいない広く静かな家の中にその理由と答えを求めても誰も正解を与えてくれない。
そんな事を考えているうちに脳の疲れは睡魔に変わり、開いた窓の外にはしとしとと降り始めた雨と緩い風が微睡 みの中の麻比呂を包み込んでいつの間にか眠りについていた。
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