32 / 55

𝐷𝐴𝑌 𝟙𝟡 ⇨ 𝐷𝐴𝑌 𝟚𝟝 ②

 切らした息は誰もいない須野海岸に小さく聞こえている。さすがに深夜のこんな悪天候の海岸にもちろん人の姿はなく、サーフボードを手にした麻比呂が浜辺に立っているだけ。  砂浜の何ヶ所かには海の状態が悪い時、危険や遊泳禁止を知らせる赤旗が立っている。もちろんその存在も意味も知っているが今の麻比呂の目には入っていない様子。  麻比呂の視線の先は白波が立ち消波ブロックの上を波が襲う状態で、風速10メートル近くあると体感出来るほどの海。雨は緩いが荒れた海には変わりない。  『、、、俺だってお兄ちゃんみたいに』  樹未斗のサーフィンが須野海岸から消えてこの6年間、麻比呂は一度も海に入る事はなかった。時間の経過はあの時の傷を癒し、少しずつ忘れられると思っていた。だけど海を見れば浮かび上がる記憶は鮮明に蘇る。  一層の事この街からいなくなってしまいたい。そう思っても、口にも行動にも出せない自身の弱さに苛立ちさえ覚える。  そんな時間が止まった何の成長もないままの日々を終わりにしたい。手にした樹未斗のサーフボードそんな思いを込めて一心不乱に今ここまで走ってきた。  麻比呂はサンダルを脱いで濡れた砂浜に裸足で立つ。一つ深呼吸をして抱えたサーフボードをがっちり力を入れて持ち直すと、一歩踏み出し真っ直ぐ歩き出した。夜の暗い荒れる波を見ても恐怖心など感じない麻比呂は足を止めず進む。  徐々に歩くスピードが速くなりボートの上に腹ばいに飛び乗るように身体を預け、両腕で水を掻き分けてパドリングを始める。  "6年のブランクなんて何でもない"染みついた感覚は簡単に思い出せると自信を(みなぎ)らせた麻比呂は止まらず腕を動かし続ける。    何分経っただろうか。まだ浅瀬をゆらゆら漂っているつもりが次第に浜から距離が遠のいていく。ウエットスーツを纏っていない身体はあっという間に体温を奪って、水分を含んだ衣類がやけに重く感じる。  『ハァ、、ハァ、、やれる……』  ここまで走った来た肩を揺らす息切れとは違う浅く弱く早い息が苦しさを覚える。それでも波に乗るまでは辞められない、まだまだやれるんだ。と訴えるような目は(かろ)うじてまだ正気を保っていた。  それでも打ち寄せる波の威力に戻されては進むを繰り返し、とうとうに無理矢理に両手をボードについて体を起こし、無理な姿勢と分かっていながらもテイクオフの姿勢に入ろうとした。  その時初めて身体の体力が尽きかけている事を脳が察知したのが、そのままひっくり返えるように海へと入った麻比呂は海水を飲み込んで咽せてボートに必死にしがみつく。  体力も体温も視界も消えかけた状態では浜に戻る事も困難でボートを乗せた腕も震え始め、今やっと冷静に今、自分が危険な状態である事を思い知る。  ただただ一人静かな夜の海にポツンと浮かぶ麻比呂の身体はとうとう限界に達し、ゆっくりとボードから外れていく腕は力尽きた身体と共に沈んでいく。  水中で麻比呂は薄れゆく意識の中、微かに開いた目の視線の先に映った何かを確認した。 幻想でも見ているのか、それは水面から自分に向かってくる樹未斗の姿だった。 麻比呂はそれを確認すると顔を緩めて微笑んだ。  "お兄ちゃん。迎えに来てくれたんだね。この6年間ずっと寂しかったんだ。これでまた毎日一緒に過ごせるんだね、嬉しいよ"  死ぬように生きるならいっそこのまま果てたい。兄弟の絆が永遠になり人生思い残す事は無く苦しみから解放されたんだ──

ともだちにシェアしよう!