34 / 55

𝐷𝐴𝑌 𝟙𝟡 ⇨ 𝐷𝐴𝑌 𝟚𝟝 ④

 あっ!っとあのサーフボードを見てお気に入りのおもちゃを取り返したような子供の様な顔で礼から受け取る。上半身だけ起こした身体の足に掛かった布団の上に置いてサーフボードに壊れがないか目を近づけてじっと手を触れながら見る。  「そんなに大事なんだね。取り戻せてよかったよ。だいぶ沖の方まで流されててね、もう少し遅ければ見失うっていたかも。危なかったよ」  『あ、ありがとうございます』  「それでお兄さんって?」  『えっ、?俺なんか言いいましたー…』  『さっき言ってたよ、お兄ちゃんのボードだって。確かそう聞こえたけど。それとほらっ、そのイニシャル麻比呂くんと違うから』  指差したのはテールと呼ばれるボート後端部分で、よく見るとK.Yとあまり主張しない程度のサイズでイニシャルがペイントしてあった。  『ホントだ……知らなかった』  「お兄さんいるのは知らなかったよ。サーフィンやってるんだ?」  『まぁ、、』  麻比呂が(かも)し出しす詮索されたくないオーラはすぐに伝わったのか、それ以上に礼が樹未斗を深掘りする様な質問はしなかった。 だけどそれがまた麻比呂にとっては歯痒い思いに変わる。本当は吐き出したいのに、伝えたいのに、分かって欲しいのに。  「それとこれだけは約束してくれるかな?」  『、、はい』  「麻比呂くんなら昨夜の海の状況が危険だってわかってたでしょ。しかもあんな時間に1人で入るのは自殺行為。もうあんな真似は二度としないって約束して」    さっきの柔らかい口調から厳しい物言いに変わった礼。この時ばかりはライフセーバーという命を守る立場からの叱咤を口にせざるを得ない。  麻比呂だって褒められる様な事をしたとは思っていない、たけどどうしてあんな行動に出たのか自分自身に一番問いかけている。一瞬の気の迷いだったとしか答え様のないこの苦しみを樹未斗に似た礼の前でどう言葉にすればいいのか。  『そうですよね。だって須野にいるたった2ヶ月ちょっとの間にまさか死人が出たなんてことになったら、きっと上司から怒られるでしょう』  「、、そんな理由で助けたと思ってるの?」  何故だがいつも礼の前では素直になれず、また皮肉を込めた言い方をしてしまった。サーフボードに視線を向けたまま黙り込む麻比呂。  「そうだ、温かい飲み物用意するから飲んで。発見した時軽度の低体温症になっていたから。ここで体を温めて今はもう標準まで戻ったと思けど念のため体温も測ってみて。体温計持ってくるよ」  『大丈夫です。もう治ったし、、帰ります、、』  「そういう訳にはいかないよ。経過診て報告する義務もあるからね」  『えっ、報告するんですか、、?』  「海岸での事故は報告する決まりだからね」  『ッ言わないで下さい!今日の事は誰にも……』  サーフボードをガタンッと揺らして立ち上がりそうな勢いで行った麻比呂。さっきから会話の言葉にもチクリと(とげ)があるし、今回の行動は疑問ばかりが残る。今はもう辞めたサーフィン、そして何より海が嫌いだと言い切った麻比呂が夜中の荒れた海で危うく命の危険に(さら)された。  礼は狭いキッチンで塗装の剥がれかけたヤカンに火をかけ沸騰を待つ。その間に生姜をすりおろして、蜂蜜をコップを用意する。そして相変わらず必要最低限の調理器具しかない部屋で、コップから薄っすら湯気を揺らしているステンレスのコップを持って麻比呂の横に膝をついて渡した。    「はいこれ飲んで、生姜湯。身体を芯から温めるのに効くから。これ飲んだら帰っていいし、今回の事は黙ってるよ。約束する」  『、、、分かりました』  手にしたコップから生姜の香りが漂って鼻から脳に直接届いた。だけどピリッと辛い生姜を蜂蜜の甘さが包んで穏やかにしている、まさに今の麻比呂と礼の状況の様に。 そして口元にコップを持っていき飲もうと口をつける瞬間にピタリと止めたと思えば再び離した。  『やっぱ、、飲めません』  「苦手だった?でも今は身体の為に飲まー…」  『そうじゃなくてっ、、これ飲んだら帰らなくちゃいけないんですよね……だったら、まだ帰りたくないから』

ともだちにシェアしよう!