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𝐷𝐴𝑌 𝟙𝟡 ⇨ 𝐷𝐴𝑌 𝟚𝟝 ⑤

 意地を張っていた麻比呂だがようやく素直に本音を漏らした。  「帰るって言ったり、帰りたくないって言ったり何だかよく分からないけど居たいなら居ていいよ。まだ濡れた服も乾かしている最中だしね」  そう言われて今身に付けているのが自分の服ではない事に気づいた。着ていた服は浴室にハンガーに掛けて扇風機に当たってユラユラ揺れている。  『あ、、着替えまで。すいません』  「さすがに濡れたままには出来なかったし男同士なら問題ないかと。勝手にごめんね」  『いえ。それなら……乾くまで居させてください』  礼は今日の麻比呂はいつもと違う、身体の心配もあるが精神的な部分が気にかかって帰らせるわけにもいかないと思った。 麻比呂は手に持ったコップにゆっくり口をつけてゴクリと飲んだ。ハァと一息つくように吐き出すと礼の言う通り確かに身体の芯までじんわり温まっていく。  『これ美味しい、、』  「そうよかった。火傷しないように焦らずゆっくり飲んで」  数口飲んで心身ともに落ち着きを取り戻した麻比呂は改めて部屋をぐるりと見渡す。相変わらず物が少ない殺風景な部屋の窓際にあの時運んだ机がある。その上に仕事用パソコンを置いて、机変わりになっていた段ボールはなくなっていた。  『あの机使ってるんですね』  「あれね。やっぱあると楽だし、ちょうど窓からいい風も入って仕事も(はかど)るんだよ」  突然麻比呂はコップを手にしたまま立ち上がって机の横にサーフボードを立て掛け、机にコップを置いて椅子引いて座る。そのまま窓の外へ目を向けると、夜中と打って変わって(なぎ)な海が平穏な一日の始まりを知らせているようだ。  「須野の海って……こんな感じなんだ」  『こんな感じって、麻比呂くんは小さい時からずっと見ている海でしょ』  『何だろう。いつもこんな上から全体を見る事はなかったからかな、違って見えます。22年この街にいるけど初めての感覚』    壁にもたれて腕を組み見守るように麻比呂の話を耳を傾ける礼。一口だけ生姜湯を飲んでコップを置くと視線を礼に向けた。  『さっきの話ー…お兄ちゃんいるか?って聞きましたよね』  「あ、うん」  『お兄ちゃんいますよ。このサーフボードも兄ちゃんの借り物で、名前が樹未斗だからK.Y』  「そっか。兄弟揃っていい名前だね。それでお兄さんはサーフィンするんだ」  『はい、プロでいくつもの大会に出てます。家には数えきれないくらいのトロフィーがあって、海外の大会に家族みんなで行った事もあります』  遠くを見て物思いにふけるように話す。昔の事をまるで最近の出来事の様に時々笑顔を溢しながら。どちらかと言えばいつも仏頂面の麻比呂、初めて見る(ほころ)んだ顔を見て礼は少し安心した。  海での死亡原因のほとんどは事故だが、哀しくも中には意図的に自ら命を立つ目的で危険な海に入水するものもいるからだ。だからなるべく話に耳を傾け心の奥底まで知る事が本当の意味での救助なんだと。  「凄い人なんだね。そしてそんなお兄さんを麻比呂くんは大好きだって事もわかった」  『、、えっ何で』  「顔見ればわかるよ、そう書いてある。だけど須野に来て一度もまだ会えてないね。サーフィンするなら海岸にも来るでしょ?良ければ今度紹介してほしいな」  日の出の時刻を迎え海が橙色に色づいていくと同時に妙に穏やな海岸を太陽が照らしていく。麻比呂はそんな海に再び視線を戻すと目の前に誰かを描いて、その相手に思いを馳せた表情をして口を開いた。  『俺も会いたいです、会えることなら。だけどすごく遠くにいて』  「そう。もしかして海外とかに?」  『いえ、お兄ちゃんは死んじゃいました。天国はすごく遠いでしょう、だから会えない』

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