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𝐷𝐴𝑌 𝟙𝟡 ⇨ 𝐷𝐴𝑌 𝟚𝟝 ⑥
アパートの敷地内にある木に止まったヒグラシがジリリ、ジリリと突然部屋の中に声を投げ込んでくる。麻比呂の一言を聞いて数十秒、返す言葉に詰まる礼をまるで手助けするように鳴き出しては沈黙を破ってくる。
「そうだったの。何も知らなくて、、聞いてごめんね」
気の利いた一言も言えず無難な返答をした。麻比呂は窓の外に目を向けたまま窓サッシに手をついて少し身を乗り出す。体重をかけるとメキッメキと朽ちかけた木が唸った。
「あっ、そこ危ないから気をつけて」
『そういえば蝉って1週間しか生きないって言うじゃないですか?』
「蝉、、?ああうん、そうだね」
『じゃあ今鳴いてる蝉もあと数日後に死ぬのかな?もしかしてその7日後は明日かもしれないし』
突然そんな事を言い出し忠告が耳に入っていないのか、さらにグイッと身を乗り出して蝉をじっと見る麻比呂はまるで夏休みの子供の様だった。
いつもの少し一歩引いて物事を見て、言うなればば無愛想で干渉して欲しくないオーラを放っている麻比呂とは今日は何か違う。
礼は壁から身体を離して麻比呂の側に寄る。やはりまだ夜昨夜の出来事をただの事故で終わらせてはいけないような気がして、一緒に窓から顔を出して麻比呂の話を訊く。
『……お兄ちゃんは、、俺のせいで死んじゃったんです。俺が我儘で自分勝手でバカだから』
「そっか。辛い思いをしたんだね、、ごめんね!もうこの話はー…」
『訊いてくれませんか?、、何でだろう……礼さんに訊いて欲しいんです』
それまで"あなた"とどこか他人行儀で距離を感じる呼び方だった。初めて"礼さん"と名前で呼んだには何か理由があるのかそこまで心の深くは読み取れなかった。
「麻比呂くん、、わかった。それじゃ話聞かせてくれるかな』
「……水難事故でした。あの日も昨夜のように荒れた海でした」
麻比呂は昨日の事を話すかのように鮮明にある日の一日の出来事を順を追って話始めた。
しっかりした口調で時折、憂いを帯びた顔をして。
── 6年前
《今日の香川県南部は台風接近に伴い昼頃から雨が降り始め夕方以降荒れた天気となるでしょう》
香川の祖母の家に来るのは由井家、夏休みの恒例行事。この夏は樹未斗が出場するサーフィンの大会が相次いでるため、本格的な夏を前に早目に来る事になった。
少し遅めに起床した麻比呂と樹未斗は祖母が作る朝ご飯を待ちながら、スマホいじっている。梅雨がまだまだ明け切らない6月下旬、庭に咲く紫陽花もまだはつらつと見頃の最中だ。
「麻比呂っテレビ見てみ。台風接近中だって」
『嘘だ、だってこんなに晴れてるのに』
「嵐の前の静けさって言うんよ。くろみだけんね、しょうことなし」
『え?おばあちゃん何?ねぇお母さん、ばあちゃんの通訳して』
"梅雨だから仕方がない"と讃岐弁を訳す母親は祖母の横でご飯をよそいながらくすっと笑った。何の変哲もない田舎の家族の会話には幸せが溢れていた。
一番近いコンビニまで徒歩30分、高校を卒業すると皆この町を離れるようなこの地域は自然を楽しむ以外はなく、中学生男子の心を引く様なお洒落なカフェやゲームセンター、ファッションビルなどは見当たらない。
それでも麻比呂には二年前から始めたサーフィンに夢中で、この家から歩いてすぐにある瀬戸内海で乗る波を楽しみにしていた。サーフィン兄弟にとってはどこでもあっても波とサーフボードさえあれば満足な環境なんだと。
「今日は無理かな、海岸出るの」
『えー、せっかくボード持ってきたのにそんなの嫌だよ』
「だよな。よしっ!麻比呂っ食べたらすぐに行こう、海が時化 る前に」
『うん!急いで食べる』
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