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𝐷𝐴𝑌 𝟙𝟡 ⇨ 𝐷𝐴𝑌 𝟚𝟝 ⑧
その名の通りスパルタつばさのレクチャーで3時間海に入りっぱなし。意気込んでいた麻比呂も身体の鈍 りとブランクを実感し身体はクタクタでつばさと別れ、人目を気にしながら足早に海岸を後にした。
「あぁ、、疲れたー…」
サーフィンはかなりハードなスポーツ。まだ若いから大丈夫だととろくに運動もしなかった数年間を飛び越えて、勢いだけで海に入れば当然こんな状態になるに決まってる。
体力の衰えを実感しながら、とりあえずすぐにシャワーに入ってベッドにダイブしたいと疲弊した身体を引きずって家へ帰る。
家の中に入ると朝ワイドショーのテレビの音声が聴こえてくる。ちょうどお店への出勤準備で忙しく動く母親がリビングから出てきた所で麻比呂の持つ大きなボードにぶつかりそうになる。
「わっ麻比呂?何どっか行って来たー…ってどうしたの!?何でウエットスーツ、しかも樹未斗のボート持って?」
『つばさくんと海行ってきた。俺またサーフィンやる事にしたから』
「え?……誰がサーフィンやるって?」
『俺だよ。何でみんな同じ反応するかなあ』
「えっ!?あ〜パパっ!!大変っ、来てっ!」
『もーいいからっ。疲れてるしシャワー浴びたいから』
唯ならぬ母親の呼び声にバタバタを足音を立てて、リビングから飛び出した父親は面倒臭そうな顔をした麻比呂と目が合う。
「ママどした?ん?麻比呂どうしたんだよ」
「麻比呂ね、サーフィンまたやるんだって!今つばさくんと海行ってきたって!」
「本当か!?そりゃあいい話だけど何だってまた突然やろうなんて思ったんだ?」
麻比呂の6年振りのサーフィン再開の報告を母親も父親もつばさと同じ反応で返す。誰もが揃ってやると決めたきっかけや理由があると疑って知りたがる。
『何でって、、別にいいじゃん!そういうことだからっ。あと今日は夜の営業の時間に行くよ、少し休む』
「まあそりゃ構わないけど」
そのまま2階への階段を上がろうとした麻比呂は数歩歩いて何か思い立った様に足を止め振り向いた。
『あー…お父さん、お母さん。今まで色々と心配かけてごめん。俺今度は辞めないから、、お兄ちゃんの背中を追うよ』
「麻比呂、、」
大切な息子を亡くしどん底に突き落とされた6年前。それでも二人が前向きに生きなければと思ったのは、麻比呂が存在があったからだ。
一度離れてしまったが"またサーフィンがしたい"と麻比呂が動きだす、いつかそんな日が来ればいいと願った6年間がやっと身を結んだ。
「そうか、言ったぞ。男に二言は無いからな」
父親が拳を出すとコツンと優しくも力強く拳を合わせた。男同士の固い約束とこれからもよろしくと、家族がやっと暗いトンネルを抜けこれからは永遠に明るく照らされる様に願った。
麻比呂は身体の海水を洗い流しシャワーを済ませて部屋に戻る。すでに筋肉痛予備軍の足の痛みを感じる。
それでもすぐにベッドに横になるでもなく、机に置いた小さな機械を操作し始める。
実はつばさ持参の高性能アクションカメラで麻比呂のライディングの様子を近距離で動画を撮影していた。上達するには現時点の自分の実力を客観的に見て知る事が大切だと。
再生するとたっぷり記録された画面の中の自分自身を初めから興味深く見始めた。
『全然だめだ、、全く出来てない』
画面に映る自分の姿はダサくて情けなくて格好悪い、素直にそう思った。自己過信して出来た気でいる典型的な勘違い野郎になりかけたが、映像は真実しか映さず目を覚ますパンチを一発喰らわされた。
テクニックだけではない。つばさから"波に乗るために必要な身体を作れ"とも言われた。
『体幹と筋トレ、、それがあればもっと綺麗なフォームでこんなに全身痛くならないんだろうな。そうだ礼さんに訊いてみよっかな』
礼の事を考えるとちょっと身体の痛みも忘れて顔もほころんでくる。サーフィンがある夏、お兄ちゃんがいる夏が同時にやってきたこの夏は何かが起こる予感がした。
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